2017年7月5日水曜日

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「あなたは・・・・あなたは・・・・あなたはちっぽけな神がかり行者だわ、それがあなたよ!」

もはや顔色も青ざめ、怒りに口をゆがめて、いきなり「カテリーナ」が断ち切るように言いました。

今度は、あれほど信頼していた「アリョーシャ」に対する攻撃にでましたね。

「イワン」がだしぬけに笑いだし、席を立ちました。

帽子を手にしていました。

「お前は誤解をしているよ、アリョーシャ」

彼は「アリョーシャ」がこれまで一度も見たことのない表情をうかべて、言いました。

作者はこの緊迫した場面をかきながらも、この「これまで一度も見たことのない表情をうかべて、言いました」という奥深い一文を書いていますが、これはお見事というしかありません。

さらに、次の行でそのむずかしい「表情」の説明までしています。

何か若々しい誠実さと、抑えがたいほど強烈な率直な感情とを示す表情でした。

「カテリーナ・イワーノヴナは一度だって僕を愛したことなんぞないんだ! 僕が自分の愛情をただの一言も決して口にしなかったとはいえ、この人を愛していることは、最初からずっと知っていたのさ。知ってはいたが、僕を愛してはくれなかった。僕がその人の親友だったことも、やはり一度だってありゃしない。プライドの高い女性は僕の友情なんぞ必要としなかったからね。その人は絶えず復讐するために、僕を身辺にひきつけておいたのさ。この数年にわたって絶えず、ひっきりなしにドミートリイから受けたいっさいの侮辱、二人の初対面の時以来の侮辱の仕返しを、僕に、僕の上に浴びせていたんだよ・・・・なにしろ、あの二人のいちばん最初の出会いも、この人の心には侮辱として刻みつけられているんだからね。この人はそういう心の持主なんだよ! 僕が終始やってきたことといえば、兄貴に寄せるこの人の愛情を拝聴することだけさ。僕は今から出かけますがね、カテリーナ・イワーノヴナ、いいですか、あなたが本当に愛しているのは兄貴だけなんです。そして、侮辱がつもればつもるほど、ますますあなたは愛していくんだ。そこがあなたの病的な興奮なんですよ。あなたが愛しているのは、まさに現在ありのままの兄貴なんだ。あなたを侮辱する兄貴を愛しているんです。もし兄が立ち直れば、あなたはとたんに兄を棄てて、すっかりきらいになるでしょうよ。しかし、あなたにとって兄は、ご自分の貞節という献身的行為を絶えず鑑賞し、兄の不実を非難するために、ぜひ必要なんです。すべてはあなたのプライドの高さからきているんですよ。そう、そこには侮辱や屈辱も多いでしょうが、それもこれもすべてプライドの高さが原因なんです・・・・僕はあまりにも若く、あまりにも強くあなたを愛しすぎた。あなたにこんなことを言うべきではない、さりげなくあなたのそばを離れて行くほうが僕としてもずっと立派だってことは、承知しています。そのほうがあなたにとっても、これほど侮辱ではなかったでしょうからね。でも僕は遠くへ行ってしまうんだし、もう二度と帰ってこないんだ。これが永遠のお別れですからね・・・・僕は病的な興奮なんぞにお付き合いしていたくないんですよ・・・・もっとも、もう言うことはありません、みんな言っちまったから・・・・さようなら、カテリーナ・イワーノヴナ、僕に腹を立てちゃいけませんよ、なぜって僕はあなたの百倍も罰せられているんですからね。もう二度とお目にかかれないという、その一事だけで、すでに罰せられているんです。さようなら。お別れの握手は要りません。あなたにあまり意識的に苦しめられたので、この瞬間、あなたを赦すわけにはいかないんです。いずれ赦すでしょうが、今は握手は要りません。
奥さま、わたしはご褒美をもとめてはありませぬ。(訳注 シラーの詩『手袋』の一節。女に決別を告げる詩)」

「イワン」がここですっかり説明してくれましたね。

「病的な興奮」というのは、いろいろあって、「カテリーナ」における「病的な興奮」による愛というのは、自分を侮辱する「ドミートリイ」を愛していることだと言っています。

つまり、「ドミートリイ」が自分を侮辱しているからこそ愛しているのだと。

この逆説的な心理状態、ありうるとは思いますが。

そして、「その人は絶えず復讐するために、僕を身辺にひきつけておいたのさ。この数年にわたって絶えず、ひっきりなしにドミートリイから受けたいっさいの侮辱、二人の初対面の時以来の侮辱の仕返しを、僕に、僕の上に浴びせていたんだよ」という「イワン」の発言はどういうことでしょうか。

「カテリーナ」は侮辱している「ドミートリイ」ではなく、「イワン」にその侮辱の復讐をしているのだと言うのです。

そうして精神のバランスをとっているのかもしれませんが、「イワン」としてはやってられませんね。

侮辱しているからこそ愛しているというのは、愛憎という感情とは別のものでしょうか。

つまり、「カテリーナ」は、自分は侮辱されているが、侮辱されるような人間ではないと自分で思っているので、そうした侮辱自体が間違っているということを相手にわからせるまで、相手を縛り付けておくことを愛情だと思っているということでしょうか。

そして、その原因は「カテリーナ」のプライドの高さだと「イワン」は言っています。

以下はネットで見つけたシラーの『手袋』です。

自らのライオンの庭の前で
格闘の余興を待ちながら
フランツ王は座っていた
そして彼のまわりには王国の高官たち
高いバルコニーの上には
美しく着飾った貴婦人たち

王が指で合図をすると
大きな檻が開かれて
堂々とした足取りで
一頭のライオンが歩み出てくる
黙って見回す
まわりじゅうを
長いあくびをして
たてがみを震わせ
四肢を伸ばして
身を横たえた

そして王が再び合図をすると
すばやく開かれた
二番目の扉が
そこから走り出てきた
大きく身をひるがえし
一頭のトラが外へと
ライオンを見るや
大きな咆え声を上げ
尾を叩きつけた
恐ろしい弧を描いて
そして舌なめずりをすると
静かに円を描きながら
ライオンの脇を通り過ぎ
唸り声を上げながら
身を伸ばした
その傍に

そして王が再び合図をすると
ふたつの開かれた檻からとびだした
二頭のヒョウが一度に
二頭は激しい敵意で襲いかかる
トラを目がけて
トラは鋭い爪で掴みかかる
と そこへ咆哮と共にライオンが
立ちあがり そしてすべてが静まり返った
そして輪の中で
熱い殺意にあふれて
うずくまったのだ この恐ろしきネコどもは

そこへバルコニーの縁から落とされた
片方の手袋が美しき手より
トラとライオンの間
ちょうど真ん中に

騎士ドロルジュに向かってからかうように指をさし
令嬢クニグンデが振り返った
「騎士さん あなたの愛がとても熱いのなら
ちょうどあたしにいつもお誓いになっている通りなら
ねえ あたしにあの手袋を取ってきてくださいませんこと」

そこで騎士は急いで
恐ろしき闘技場へと降り
確固とした足取りで
猛獣たちの間から
彼は手袋を拾い上げた 大胆な指で

驚きと恐怖で
騎士たちや貴婦人たちは眺めていた
そして彼が手袋を取って戻ってくると
どの口からも彼への讃嘆がこだました
だがやさしい愛のまなざしで
それは彼に将来の幸運を約束しているものだったが
彼を令嬢クニグンデが迎え入れたとき
彼は手袋を彼女の顔へと投げつけ
「お礼など、お嬢様 私は必要ございません」

そして即座に彼女から去って行った


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