「ミーチャ」はひどくびっくりしました。
「そんなことはありえませんよ、みなさん!」
すっかり面くらって、彼は叫びました。
「僕は・・・・中には入らなかった・・・・僕は本当に、僕は正確に言ってるんです。僕が庭にいた間も、そして庭から逃げだすときも、ずっとドアは閉まったままでしたよ。僕はただ窓の下に立って、窓から親父の姿を見ただけです、それだけだ、それだけですよ・・・・最後の瞬間にいたるまでおぼえています。たとえおぼえてなかったとしても、どのみち僕にはわかるんです。なぜって、あの合図(二字の上に傍点)を知っているのは、僕とスメルジャコフと、死んだ親父だけだし、合図がなければ親父は世界じゅうのだれにだってドアは開けないはずですからね!」
このドアは(781)で「そこで女二人と「フォマー」とが旦那のところへ行ったのですが、庭に入るなり、今度は窓だけではなく、家の中から庭へ出るドアも開け放しになっていることに気づきました」と書かれているドアですね、そしてすでにまる一週間というもの、毎晩、旦那が宵のうちから自分で錠をおろし、「グリゴーリイ」にさえどんな理由があってもノックすることを許さなかったドアなのです、「ドミートリイ」のいる間、このドアは「閉まった」ままで、「フョードル」の殺害を確認した三人によると「開いていた」ということです、「ドミートリイ」の証言を真実だとすれば、彼が出て行った後に「フョードル」を殺害した犯人は部屋から出て行ったということになりますね。
そしてこのドアが開けられていたということは、犯人は「ドミートリイ」か「スメルジャコフ」だということになりますね、しかし、(560)で書かれていますが「スメルジャコフ」は「イワン」にも喋っています、このことは「ドミートリイ」は知らないのですね、「スメルジャコフ」は「ドミートリイ」に脅されたから喋ったと言っています、具体的には「もしあの女が来たら、戸口に駆けつけて、ドアか、あるいは庭から窓を最初は小さく二度、こんなふうにトン、トンと手でたたくんだ、それからすぐに今度はもう少し早くトン、トン、トンと三回たたくんだぞ。そうすれば、あの女が来たなとすぐにわかるから、そっとドアを開けてやる」と「イワン」に説明しています、つまり「ドミートリイ」は「庭から窓を」をたたいて合図したのです、そして「フョードル」はそのときは、ドアを開けず、窓を開け、首を突きだしたのです。
「合図? 何の合図です?」
ほとんどヒステリックなほど貪欲な好奇心を見せて検事が口走り、とたんにそれまでの余裕のある威厳をなくしました。
まるでおずおずと媚びへつらうような、たずね方でした。
自分のまだ知らぬ重大な事実を嗅ぎつけて、すぐに、へたをすると「ミーチャ」がすっかり打ち明ける気にならぬかもしれぬと、たいへんな恐怖を感じたのです。
「じゃ、ご存じなかったんですね!」
「ミーチャ」は嘲るような、意地のわるい薄笑いをうかべて、ウィンクしました。
「もし僕が教えてあげなかったら、どうします? そしたらだれからききだすんです? とにかくこの合図のことを知っていたのは、死んだ親父と、僕と、それにスメルジャコフと、これだけなんですからね。そのほか、天上の神さまも知ってましたけど、神さまは教えちゃくれませんしね。こいつは興味深い事実だがら、これをもとにどんなことだって、でっちあげられますよ、は、は! ご安心なさい、みなさん、教えてあげますよ。あなた方もばかな考えをいだいてますな。どんな男を相手にしているか、ご存じないんだ! あなた方が取り調べている男は、自分に不利な証言をみずからして、みすみす損をするようなことを言う被告なんですよ! そう、なぜって僕は名誉を重んずる騎士ですからね、ところがあなた方はそうじゃないんだ!」
検事はこのいやがらせをきき流しました。
もっぱら新事実をききだすもどかしさにふるえていたのです。
「ミーチャ」は、「スメルジャコフ」のために「フョードル」が考えだした合図に関することを、正確にくわしく述べ、窓をたたくそれぞれのノックがそういう意味を持つかを話して、テーブルをたたいてそれらの合図を実演までしてみせたうえ、とすると彼が老人の窓をたたいたときには『グルーシェニカが来た』ことを意味する合図をしたのかという「ネリュードフ」の質問に対して、たしかに『グルーシェニカが来た』というノックをしたと、はっきり答えました。
「さあ、これでどんな塔でもでっちあげるんですな!」
「ミーチャ」は言葉を切り、軽蔑をこめてまた彼らから顔をそむけました。
「そして、その合図を知っていたのは、亡くなったお父上を、あなたと、召使のスメルジャコフだけですね? ほかのだれもいないんですね?」
「ネリュードフ」がもう一度念をおしました。
「ええ、召使のスメルジャコフと、それから天の神さまです。天の神さまのことも書いといてください。書いてもむだにはならんでしょうよ。それにあなた方自身だって、いずれ神さまが必要になるでしょうからね」
「ドミートリイ」の言うとおりだとすると、犯人は「スメルジャコフ」だということになります、しかし、「フョードル」の顔見知りだとするとドアを開けるかもしれませんね。
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