2018年10月14日日曜日

927

「なぜ? 十三かそこらの年で、何かを燃やしたくてたまらずに、放火する子供だっていますからね。一種の病気ですよ」

「嘘よ、嘘、そういう子供がいたってかまわないけれど、あたしが言うのはそのことじゃないわ」

「あなたは悪いことと良いことを取り違えているんです。一時的な危機ですよ。これは、ことによると、以前の病気のせいかもしれませんね」

「やっぱりあたしを見くびっているのね! あたしはただ良いことをしたくないだけ。あたしは悪いことをしたいの?」

「なぜ悪いことをしたいの?」

「どこにも何一つ残らないようにするためよ。ああ、何一つ残らなかったら、どんなにすてきかしら! ねえ、アリョーシャ、あたし時々、さんざ悪事の限りをつくし、ありとあらゆるいまわしいことをやってのけたいと思うわ、それも永いことかかってこっそりやるのよ、そして突然みんなが感づくのね。みんながあたしを取り囲んで、あたしを指さしているのに、あたしはみんなを笑ってやるんだわ。とっても楽しいじゃないの。なぜこれがこんなに楽しいのかしら、アリョーシャ?」

「どこにも何一つ残らない」とはどういうことなのか、私はわかりません、そしてこの「リーザ」の気持ちについていくことができません。

「そうだな。何か立派なものを踏みにじりたい、でなければあなたの言ったように、火をつけてみたいという欲求でしょうね。これも往々にしてあるもんですよ」

「立派なものを踏みにじりたい」という気持ちがあるというのはわかりますが。

「だって、あたしは口で言うだけじゃなく、ほんとにやってみせるわ」

「信じますよ」

「ああ、あなたって大好き。信じますよ、なんて言うんだもの。あなたって全然、まるきり嘘がつけないのね。でも、ひょっとしたら、あなたをからかうために、わざとあたしがこんなことを言っていると、思っているのかもしれないわね?」

「いいえ、思ってませんよ・・・・もっとも、ことによると、多少そういう気持はあるかもしれませんね」

「多少あるわよ。あたし、あなたに対しては決して嘘をつかないわ」

彼女は何かの炎に目を燃えあがらせて、言いました。

「アリョーシャ」を何よりもおどろかせたのは、彼女の真剣さでした。

以前ならばどんな《真剣な》瞬間にも、朗らかさと冗談味を失わなかったのに、今の彼女の顔には、おどけた調子や冗談味は影もありませんでした。


とうことは、「リーザ」はどうして以前と変わったのでしょうか、そしてその変化はどういう意味を持つのでしょうか。


2018年10月13日土曜日

926

「ええ、でたらめは大好き。あたしいつも家に火をつけてみたいと思っているのよ。よく想像するわ、こっそり忍び寄って、火をつけるの。ここはどうしても、こっそりでなければだめね。みんなが消しにかかるけど、家は燃えさかるばかり。あたしは知っているのに、黙っているの。ああ、ばからしい! それに、なんて退屈なのかしら!」

彼女は嫌悪を示して片手を振りました。

「裕福な暮しをしてるからですよ」

苦労がなく暇で何もすることがないので、そんな悪いことを考えるとでも言うのでしょうか。

「アリョーシャ」が低い声で言いました。

「じゃ、貧しいほうがいいのかしら?」

「いいですね」

「アリョーシャ」は「貧しいほうがいい」とはっきりと言っていますね。

「それは亡くなったあのお坊さんが吹きこんだのね。そんなの嘘よ。あたしが裕福で、みんなが貧乏だってかまやしない。あたしはお菓子を食べたり、クリームをなめたりして、だれにも分けてあげないわ。ああ、言わないで、何も言わないで」

「アリョーシャ」が口を開こうとしていないのに、彼女は片手を振りました。

「あなたは今まで、そんなことばかり言ってたから、あたし、それでおぼえてしまったわ。退屈よ。もしあたしが貧乏になったら、だれかを殺すわ、金持になっても殺すかもしれない。ぼんやりしているのなんていやですもの! あのね、あたし刈入れをしたいわ。裸麦を刈り入れるのよ。あなたと結婚するから、あなたはお百姓さんになりなさいよ、本当のお百姓さんに。そして子馬を飼うのよ、いいでしょう? あなたはカルガーノフを知ってらしたわね?」

なんだか支離滅裂ですね。

「知ってます」

「あの人いつも歩きまわって空想ばかりしているのよ。あの人はこう言うわ。なぜ本当に生活する必要があるだろう、空想しているほうがずっといいのにって。空想ならどんな楽しいことでもできるけど、生活するのは退屈だ、なんて。そのくせご当人はもうすぐ結婚するのよ。あたしにも恋を打ち明けたことがあるわ。あなた、こまをまわすことができる?」

「カルガーノフ」が誰と結婚するのでしょうか。

「ええ」

「あの人、こまみたいなもんだわ。精いっぱいまわして、鞭でびゅんびゅんたたいてやるといいのよ。あたしがあの人と結婚したら、一生こまみたいにまわしてやるわ。あなた、あたしの相手なんかしているのが恥ずかしくないの?」

「ええ」

「あたしが神聖なことを話さないんで、ひどく腹を立てているのね。あたしは聖女になんかなりたくないの。いちばん大きな罪を犯すと、あの世でどんな目に会うのかしら? あなたならちゃんと知っているはずだわ」

「神さまの裁きがありますよ」

「アリョーシャ」は食い入るように彼女を見つめました。


「それこそあたしの望むところだわ。あたしが行って裁きを受けたら、あたし、だしぬけにみんなを面と向って笑ってやるわ。あたし、家に火をつけたくてたまらないの、アリョーシャ、この家に。あたしの言うことをちっとも真に受けてくれないのね?」


2018年10月12日金曜日

925

三 小悪魔

「リーザ」の部屋に入ると、彼女は以前まだ歩けなかった時分にに運んでもらっていた例の車椅子に、半ば横たわっていました。

「彼女は出迎えに立とうとはしませんでしたが、すべてを見ぬくような鋭いその眼差しはひたと彼に注がれました。

その眼差しはいくらか熱っぽく、顔が蒼白に黄ばんでいました。

この三日間で彼女がすっかり変り、やつれてさえいるのに、「アリョーシャ」はびっくりしました。

彼女は手をさしのべようとしませんでした。

彼は自分のほうから、服の上にじっと置かれたままの彼女の長い細い指にそっと触れたあた、無言のまま向い側に腰をおろしました。

「あたし知っているわ、あなたは刑務所に急いでらっしゃるのに」

「リーザ」が語気鋭く言い放ちました。

「ママが二時間も引きとめて、たった今もあたしのことだの、ユーリヤのことを話していたでしょ」

五分だったはずが、二時間にもなったようですね、「あたしのことだの、ユーリヤのことを話していたでしょ」というのがおかしいですね、「リーザ」は立ち聞きしていたらしいのですが、そんなところが聞こえてきて何か噂しているとでも思ったのでしょう。

「どうして知ったんです?」

「アリョーシャ」はたずねました。

「立ち聞きしたんですもの。なぜそんなふうに見つめるの? あたし、立ち聞きしたくなれば、するわ。べつにわるいことはないでしょ。赦しなんか乞わなくってよ」

この辺の強気を装った「リーズ」はかわいいですね。

「何かで気分をこわしたんですか?」

「反対よ、とっても嬉しいわ。つい今しがたも考えてたところなの、これでもう三十遍くらいよ、あなたをお断わりして、あなたの奥さんにならなくて、よかったなって。あなたは夫に向かないもの。あなたと結婚したら、あたし、あなたのあとで好きになる男の人に届けてもらうために、突然あなたに手紙を渡すわ。あなたはそれを預かって、きっと届けてくれるし、そのうえ返事まで待ってきてくれるに違いないわ。あなたは四十になっても、相変わらずあたしのそういう手紙を運んでくれそうな人ね」

彼女はふいに笑いだしました。

「あなたには、何か意地わるな、それでいて純真なところがあるんですね」

「アリョーシャ」はにっこりしました。

「純真なのは、あなたを恥ずかしがらないってことね。恥かしがらないばかりか、恥ずかしがるつもりもないわ。あなたが相手だと。あなたならね。アリョーシャ、なぜあたし、あなたを尊敬しないのかしら? あなたを大好きだけれど、尊敬してはいないわ。もし尊敬していたら、恥ずかしがらすにこんなこと言ったりしないはずですもの、そうでしょう?」

「そうでしょうね」

「あたしがあなたを恥ずかしがらないってことは、信ずる?」

「いいえ、信じませんね」

「リーザ」はまた神経質な笑い声をたてました。

彼女は早口に話していました。

「あたし、刑務所のお兄さまにお菓子を差し入れたのよ。ねえ、アリョーシャ、あなたってほんとにいい人ね! こんなに早く、あなたを愛さないでもいいって承知してくれるなんて、あたし、すごくあなたを愛してしまいそうだわ」

「今日は何の用で僕をよんだんです、リーズ?」

「あたしの望みを一つ、お話ししときたかったのよ。あたしね、だれかにひどい目に会わせてもらいたくって。だれかがあたしと結婚して、ひどい目に会わせて、欺したあげく、そのまま行ってしまってくれたら、と思うわ。あたし、幸福になるのなんかごめんだわ!」

「でたらめが好きになったんですか?」


この「アリョーシャ」の返し方は爆笑ものです。


2018年10月11日木曜日

924

「ええ、よばれたんです。だからすぐに行ってみます」

「アリョーシャ」は断固として立ちあがりかけました。

「あら、あのね、アレクセイ・フョードロウィチ、ひょっとすると、ここがいちばん肝心な点かもしれませんわ」

大事なことから先に話してくれないと、「アリョーシャ」が裁判前日の大事な時に「ドミートリイ」に会うことができなくなりますね。

「ホフラコワ夫人」がふいに泣きだして、叫びました。

「神かけて申しますけれど、あたくしリーズは本心からあなたにお任せしていますのよ。ですから、あの子が母親に内緒であなたをおよびしたからといって、そんなこと何でもございません。でも、あなたのお兄さまのイワン・フョードロウィチには、失礼ですけど、そう気軽に娘を任せるわけにはまいりませんのよ、そりゃ今でもあの方をこの上なく騎士的な青年と見なしておりますけれどね。だって考えてもごらんなさいませな、お兄さまはだしぬけにリーズのところにいらしたんですのよ、あたくしそんなこと少しも存じませんでしたのに」

「え? 何ですって? いつです?」

「アリョーシャ」はひどくおどろきました。

ほんとうに驚きますね、「ドミートリイ」との面会もおどろきましたが、それらを「アリョーシャ」に話してないのはどういう理由からでしょうか。

彼はもう坐ろうとせず、立ったままきいていました。

「今お話ししますわ。ことによると、そのためにあなたをおよびしたのかもしれませんもの。だってあたくし、何のためにあなたをおよびしたのだったか、わからなくなってしまいましたのよ。実は、イワン・フョードロウィチはモスクワから戻られたあと、全部で二度うちへお見えになったんです。最初は知人として挨拶に見えられたんですし、二度目はついこの間のことで、カーチャがうちにいらしていたところ、それを知ってお兄さまもお寄りになりましたの。あたくしももちろん、あの方が今、それでなくても心配事を山ほどかかえておられることを存じてますので、ひんぱんに来ていただくことなどおねがいしませんでしたわ。おわかりになるでしょう、あの事件と、あなたのお父さまの恐ろしい死。ところが寝耳にだっだんですけれど、お兄さまはまたお見えになりましたのよ、ただ今度はあたくしのところへではなく、リーズのところへ。あれはもう六日ほど前のことですが、お見えになって、五分ほどいらして、お帰りになったんですって。あたくし、その話をまる三日もたってグラフィーラからきいたものですから、それはびっくりいたしましてね。すぐにリーズをよびつけましたところ、あの子は笑って、ママが寝てらっしゃると思って容態をききにあたしのところにお寄りになったのよ、という申すんですの。もちろん、そのとおりなんですけれど。ただ、リーズは、リーズって子は、ほんとうに悩みの種ですわ! そうじゃございませんか、ある夜なぞ、あれは四日前、あなたが最後にいらしてお帰りになった直後ですけれど、突然、夜中に発作を起して、泣くやら、叫ぶやら、ヒステリーを起しましたのよ! どうしてあたくしは一度もヒステリーを起さないんですかしら? その翌日も、次の日も、昨日も発作を起して、昨日はとうとう心神喪失ですわ。あたくしにこう叫ぶんです。『イワン・フョードロウィチなんか、あたし大きらいよ。あんな人、家に上げないで。出入りをお断わりしてちょうだい!』あたくし、あまりの思いがけなさに呆然として、反対してやりましたわ。いったいどういう理由で、あんな立派な青年をお断わりしろというの、それもあんなに学識がおありで、あんなご不幸に見舞われた方だというのにって。だって、やはり今度の一件は、幸福なことではなく、不幸ですもの、そうじゃございませんこと? ところがあの子はあたくしのそんな言葉をきくと、いきなり笑いだすじゃございませんか、それもさも人をばかにしたみたいに。でも、あたくしは、やっとあの子を笑わせることができた、これで発作もおさまるだろうと思って、喜んでおりましたのよ。ましてあたくし自身も、あたくしの承諾もなしに妙な訪問をなさったりしたことに対して、イワン・フョードロウィチに釈明を求めて、お出入りをお断わりするつもりでしたから、なおさらのことですわ。ところが突然、今朝リーズが目をさますなり、ユーリヤに腹を立てて、どうでしょう、顔に平手打ちを食わせたじゃございませんか。あたくしだって小間使たちには丁寧な言葉を使うようにしているというのに、滅相もないことですわ。そして一時間後には、あの子はだしぬけにユーリヤを抱きしめて、足に接吻するんだそうですの。そのうえ、あたくしのところへ女中をよこして、もうママのところへなんか行かない、今後も絶対に行くつもりはないから、なんて言伝てさせましてね。あたくしのほうから足をひきずって出向いて行くと、いきなりとびついて接吻するやら泣くやら大騒ぎをしたうえ、接吻しながら、一言も言わずに、そのまま部屋から押しだすんですのよ。ですから結局何もわかりませんでしたわ。アレクセイ・フョードロウィチ、今やあたくしの期待はすべてあなたにかかっておりますのよ、ですから、もちろん、あたくしの人生の運命はあなたに握られているわけですわ。おねがいですから、どうかリーズのところへいらして、あなたでなければできない流儀であの子からすべてをききだして、母親のあたくしに話しにいらしてくださいませな。だって、おわかりになっていただけるでしょうけれど、もしすべてがこの調子でつづくとしたら、あたくし死んでしまうか、この家から逃げだしてしまいますもの。これ以上とてもだめですわ、あたくしも忍耐力はあるほうですが、それも失くしかねませんもの。そうなったら・・・・そうなったら、恐ろしいことになりますわ。あら、まあ、やっとペルホーチンさんがいらしたわ!」

「ホフラコワ夫人」は「ラキーチン」も出入り禁止にしていますね、娘の「リーズ」も自分がコントロールできていません、めちゃくちゃなのは母親だけかと思っていましたが、娘もたいした暴れん坊ぶりです、母娘とも情緒不安定でたいへんな状態ですが、このままだと良くないですから、なんだかわからないのですが、どうにかしなければならないでしょう。

入ってくる「ペリホーチン」を見るなり、「ホフラコワ夫人」は急に顔じゅうをかがやかせて、叫びました。

「ずいぶん遅かったじゃございませんの! さ、どうぞお掛けになって、話してくださいませな、運命を決めてください、あの弁護士さんはどうでした? あら、どこへいらっしゃるの、アレクセイ・フョードロウィチ?」

「リーズのところへ」

「あ、そうでしたわね! それじゃお忘れなくね、あたくしがおねがいしたことをお忘れにならないで! ここが運命ですわ、運命の別れ道ですから!」

「もちろん忘れませんよ、できさえすればの話ですが・・・・それにしても、すっかり遅くなっちゃた」

一刻も早く退却しようとしながら、「アリョーシャ」はつぶやきました。

「いいえ、きっと寄ってくださいませね、きっとよ。『できさえすれば』なんておっしゃらないで。でないと、あたくし死んでしまいますわ!」


そのうしろ姿に「ホフラコワ夫人」は叫びましたが、「アリョーシャ」はもう部屋を出ていました。


2018年10月10日水曜日

923

「でも、兄は殺していませんよ」

やや語気鋭く「アリョーシャ」はさえぎりました。

不安ともどかしさがますます強く彼をとらえるばかりでした。

「存じてますとも、殺したのはあのグリゴーリイ老人ですわ」

「グリゴーリイですって?」

「アリョーシャ」は叫びました。

「あの男です、グリゴーリイですわ。ドミートリイ・フョードロウィチに殴られて倒れはしたものの、やがて起きあがって、ドアが開いているのを見ると、入りこんで行ってフョードル・パーヴロウィチを殺したんですわ」

「でもなぜ、何のためにです?」

「心神喪失になったからです。ドミートリイ・フョードロウィチに頭を殴られたあと、意識を取り戻すと、心神喪失を起して、出かけて行って殺したんですわ。当人は殺したりしないと言い張っていても、そんなことはたぶんおぼえていないんでしょうね。ただ、ドミートリイ・フョードロウィチが殺したんだとしたら、やはりそのほうがずっとすてきですわ。それに、事実そうなんですもの。あたくしグリゴーリイの犯行だなんて言いはしましたけれど、きっとドミートリイ・フョードロウィチが殺したんですわ、そのほうがずっと、ずっとすてきですもの! まあ、すてきと言ったのは、息子が父親を殺したからじゃありませんわ。あたくし、そんなことをほめたりしません、とんでもない、子供は親を敬わなければいけませんもの。ただ、お兄さまの犯行だとしたら、やっぱりすてきですわ。だって、そうなれば、あなたは何一つ泣くことはありませんものね。お兄さまはわれを忘れて、と言うより、ちゃんとおぼえてはいても、どうしてそんなことになったかわからぬまま、殺したからですわ。そう、お兄さまを無罪にさせるんですわ。それこそ実に人道的ですし、新しい裁判の恩恵を目のあたりに見ることになりますものね。あたくし存じませんでしたけれど、もうだいぶ以前からそういう裁判なんですってね。昨日それをきかされて、あたくしすっかり感激してしまって、すぐにあなたのところへお迎えを出そうと思ったほどですのよ。そしてやがて、お兄さまが無罪になったら、法廷からまっすぐあたしの家の祝宴にお連れして、親しい方たちを集めて、新しい裁判のために乾杯しようじゃありませんか。あたくし、お兄さまが危険な人物だなどと思っておりませんし、それにお客さまをうんとたくさんおよびしますから、万一お兄さまが何かなさろうとしても、いつでもつまみだせますもの。やがてお兄さまはどこか別の町で、治安判事か何かにおなりになる。だって、みずから不幸に会った人は、だれよりも正しく裁いてくれますものね。何よりも、今の時代に心神喪失でない人などいるものでしょうか。あなただって、あたくしだって、みんな心神喪失ですわ。例はいくらでもありますもの。それまでおとなしく坐って、ロマンスなんぞきいていた人が、突然何かが気に入らずに、ピストルをつかむなり、たまたまそこにいた人を射ち殺したんですって。でもあとで、すべて赦されるんですわ。そんな話をこの間読みましたけど、医者もみんな裏付けていましたわ。医者もこのごろはのべつ裏付けだの、確認だのばかりやっていますわね。そうそう、うちのリーズも心神喪失ですわ。あたくし、つい昨日もあの子のために泣かされましたし、おとといもそうですわ。ところが今日になって、あれは心神喪失にすぎないんだと思い当りましたの。ああ、リーズはほんとに悩みの種ですわ! まるきり気が変になったんじゃないかと、思いますわ。なぜあの子はあなたをおよびしたんでしょう? あの子がおよびしたんでしょう、それともあなたがご自分からいらしてくださったんですの?」


「ホフラコワ夫人」の話は凄いとしか言えませんね、とてもまともな会話だとは思えません、いったい何を言いたいのでしょうか、「ドミートリイ」が殺したと言ったかと思うと「グリゴーリイ」が殺したと言ってみたり、心神喪失という言葉が気に入ったのか、あなたもわたしもみんなも心神喪失だと言ったり、さっぱり訳がわかりません、かと思うと「ドミートリイ」が殺したとした方が「すてき」だと自分の感情をまじえて訳の分からぬことを言いだしたり、しかし、しっかりしているところはしっかりしており「リーズ」が「アリョーシャ」を家に呼んだかどうかについてはしっかりと「アリョーシャ」に確認しています。



2018年10月9日火曜日

922

「僕は今日、どうしても時間内に兄のところへ駆けつけなければなりませんので」

「アリョーシャ」がたどたどしく言いかけました。

「そうですわ、そうですとも! やっとすべて思いださせてくださいましたわ! あのね、心神喪失って何のことですの?」

「心神喪失って?」

「アリョーシャ」はびっくりしました。

「裁判で言う心神喪失ですわ。すべて赦してもらえるという、あの心神喪失です。どんなことをしても、すぐ赦してもらえるんですって」

「でも、何のためにそんなことを?」

「つまり、こういうわけなんです。あのカーチャが・・・・ああ、あの人はほんとにかわいらしい方ですけど、ただ、あの人がだれに恋しているのか、あたくしにはさっぱりわかりませんのよ。この間もここへいらしたんですけれど、あたくし何一つ探りだせませんでしたわ。おまけに、あの人はこのごろあたくしとは当りさわりのない話ばかりなさるようになって、一口に言えば、あたくしの健康のことばかり話して、それ以上は何も言いませんもの、おまけによそ行きの口調で。ですからあたくしも内心、どうぞご勝手に、お好きになさい、と言ってたんですわ・・・・あら、まあ、心神喪失の話でしたわね。あのお医者さまがいらしたでしょう。お医者さまがいらしったことは、ご存じですわね? もちろんご存じのはずですね、精神異常の鑑定をなさるお医者さまですわ、あなたがおよびになったんですもの。いえ、つまり、あなたじゃなく、カーチャが。何もかもカーチャですわね! だって、そうでしょう、まったく気違いじゃない人がいて、突然その人が心神喪失になるんですの。正気も失わず、自分のしていることもわかっているけれど、それにもかかわらず心神喪失なんですわ。だからドミートリイ・フョードロウィチも、きっと心神喪失でしたのね。新しい裁判が開かれるようになって、すぐに心神喪失ということに気づいたんですって。これは新しい裁判の恩恵ですわ。そのお医者さまもあたくしに、あの夜のことや、金鉱のことを、いろいろおききになりましたわ。そのとき彼はどんな様子だったかって。心神喪失にきまってますわね。入ってくるなり、金だ、金がほしい、三千ルーブルだ、三千ルーブル貸してくれなどと、わめきちらしたあげく、とびだして行って、人を殺すなんて。殺す気はない、殺したくないと言っていながら、突然殺してしまったんですもの。内心では抵抗を感じていたのに、殺してしまったという、まさにその点でお兄さまは赦されますわ」


「ホフラコワ夫人」は前から「カテリーナ」と「イワン」を結び付けたいと思っています、ですから「ドミートリイ」の裁判の件で彼女がいろいろと世話を焼いているのが不満なのですね、そして「ドミートリイ」が「・・・・入ってくるなり、金だ、金がほしい、三千ルーブルだ、三千ルーブル貸してくれなどと、わめきちらしたあげく、とびだして行って、人を殺すなんて。」と言っていますが、それは全くの妄想ですね、(702)で「ドミートリイ」が入ってきたときに彼女は、「ほんとにお待ちしてましたのよ! あなたがいらしてくださるなんて、考えることもできませんでしたわ、そうじゃございませんこと。それでも、わたくしお待ちしてたんですの。わたくしの勘のよさにびっくりなさるでしょ、ドミートリイ・フョードロウィチ。わたくし、今日こそあなたがいらしてくださるにちがいないって、朝からずっと信じてましたのよ」と言って迎えていますし、彼も最初は「精いっぱいのお世辞」で対応していました。


2018年10月8日月曜日

921

ふたたび「ホフラコワ夫人」の会話の続きです。
「・・・・あの方はいまだに白状なさらないで、見当がつかなかったなんて言ってらっしゃるけど。でも、わざとそんなことを言ってらっしゃるのよ。ペルホーチンさんはすぐに笑いだして、こいつはひどい詩だ、いずれどこかの神学生が書いたんだろう、なんて酷評しはじめて、そりゃもう、むきになって、くそみそにけなしましたわ! そしたら、あなたのお友達が、大笑いする代りに、突然すっかりかんかんになってしまいましてね・・・・ほんとに、今にも喧嘩がはじまると思いましたわ。『これは僕が書いたんです』あの人は言うんです。『僕がたわむれに書いたんですよ、なぜって詩を書くなんて、僕は低俗なことと見なしてますからね・・・・だた、僕のこの詩は立派なものです。あなた方の好きなプーシキンは、女性の足をたたえた(訳注 『オネーギン』第一章)という理由で銅像まで建ててもらおうとしているけど、僕のは傾向をもった詩ですからね。そういう君なんぞ農奴制の支持者で、ヒューマニズムなんかこれっぽっちも持ち合せがないんだ、現代の文化的な感情をまるきり感じてもいないし、時代の進歩も君のところは素通りしちまったんだ、君はしょせん役人で、賄賂を取っているのさ!』そこであたくしも大きな声を出して、二人をとめにかかりましたのよ。ところがペルホーチンさんは、ご承知のとおり、弱虫じゃありませんから、突然とても立派な態度をおとりになって、ばかにしたように相手を見つめて、話をきいたあと、謝罪なさったんです。『つい知らなかったもので。知ってさえいれば、あんな失礼は言わずに、ほめたでしょうにね。詩人というのはみんな、とても癇癪もちだそうですから』一口に言って、この上なく立派な態度をよそおって、嘲笑なさったんですわ。あれは嘲笑だったんだと、あとでご自分で説明してくださいましたけど、あたくしは本当に謝罪なさったのだとばかり思っていましたわ。ただあたくし、ちょうど今あなたの前でこうしているように、横になって、ふと考えたんですの。あたくしの家であたくしの客を乱暴にどなりつけたりしたという理由で、ラキーチンをいきなり追いだしたとしたら、立派なことだろうかどうだろうかと考えても、どうにも決めかねて、それはもう苦しくて苦しくて、叱りつけるべきかどうだろうかと、胸がどきどきしてきましたわ。一つの声は、叱りつけろと言いますし、もう一つの声は、いや、叱りつけちゃいけないと言いますでしょう。ところが、もう一つの声がそう言ったとたん、あたくしはいきなり大声をあげて、ふいに気を失ってしまいましたの。もちろん、大騒ぎですわ。あたくしは突然起きあがって、ラキーチンに、こんなことを言いうのは悲しいのだけれど、今後この家には出入りしていただきたくないと、申し渡しましたのよ。こうして追い返してしまったんです。ああ、アレクセイ・フョードロウィチ! あたくし自分でも、まずいことをしてしまったと承知しています。心にもないことばかり言って。あの人に全然腹を立ててなぞいなかったんですもの。それなのに突然、何より肝心なことに突然、そうするのがいいんだ、これはお芝居なんだ、と言う気がしたんですわ・・・・ただ、本当の話、あのお芝居はやはりごく自然でしたのよ、なぜってあたくし泣きくずれてしまいましたし、そのあと何日も泣いていましたもの。そのうち、食後にふと何もかも忘れてしまいましたけど。あの人が出入りしなくなって、もう二週間になりますけれど、あたくしのほうは、ほんとにもう来ないつもりかしら、なんて考えていましたわ。それがつい昨日のことですけれど、だしぬけに夕方この『人の噂』が届いたんですの。読むなり、あたくしあっと声をあげましたわ。だれの仕業でしょう、これはあの人が書いたんですわ。あの日家に帰って、テーブルに向って書きあげて、投稿したのが、掲載されたんです。だって、あれ以来二週間になりますもの。ただ、アリョーシャ、あたくしってひどいおしゃべりですわね、肝心のことはさっぱりお話ししないで。ああ、ひとりでにしゃべってしまうんですわ!」


この「・・・・あなた方の好きなプーシキンは、女性の足をたたえた(訳注 『オネーギン』第一章)という理由で銅像まで建ててもらおうとしているけど」というところがわかりません、また、「ペルホーチン」は「どこかの神学生が書いたんだろう」と言っていますが、神学生と言えば身近には「ラーキーチン」以外にいないですね、本人の前でずいぶん思い切ったことを言ったものです、これも恋敵に対する過剰な攻撃に他ならないでしょう、これに対して「ラキーチン」も「君はしょせん役人で、賄賂を取っているのさ!」と相当侮辱的な言葉で批判しています、結局「ホフラコワ夫人」は「ペルホーチン」の味方をしているのですが、それで「ラーキーチン」も自分の敗北を理解したのでしょう、彼が書いたとすれば『人の噂』の記事は復讐でしょうね。