2016年5月7日土曜日

37

大立ち回りで子供たちを連れ帰った「ヴォロホフ将軍の未亡人」は、何年後かはっきり書かれていませんが、「その後間もなく」この世を去りました。

そして、「わたしは」と作中に再び「わたし」が顔を出し、「ヴォロホフ将軍の未亡人」の遺言状のことが書かれています。

「わたし」は、自分でそのあくの強すぎる表現で書かれた遺言状を読んだわけではなく、人から聞いたというのです。

遺言状には、二人の子供たちにそれぞれ千ルーブルずつ与えること、これは二人の教育費にあてること、全額を二人のために使うこと、二人が成人に達するまで間に合わせること、もし奇特な人がいれば財布の紐をゆるめることは当人の随意にということが書かれていたということですから、よくわかりませんが、一応良心的な心配りがなされたのではないでしょうか。

ここでまたお金の話が出てきました。

遺言ではひとり千ルーブルですので、百万円ですね。


このお金は利子が付いて2千ルーブルに増えましたので、2百万円になったのです。


2016年5月6日金曜日

36

この出来事は普通に考えると、「ヴォロホフ将軍の未亡人」に暴力を振るわれた「フョードル」にとって、屈辱的なことだと思いますが、彼はすべてを損得勘定で判断します。

「この問題全体を検討したあげく」この出来事は結局のところ、自分にとっては結構なことだと気付いたのです。

彼は子供たちに何の愛着もないのですから、厄介払いできてよかったとでも思ったのでしょう。

その後、老婦人側が子供たちの養育に関する正式な同意書を作成した際にも、「フョードル」は彼女の言うがまま、一箇所も訂正しなかったとのことです。

そして、例の頬びんたのことは、自分から町じゅうに触れて歩いたそうです。

ここでも、前の妻に逃げられた時と同じように、自分の不幸を面白おかしく脚色して笑い飛ばしていたのでしょう。

たぶん彼の中に常にもうひとりの彼がいて、狭い人間世界であくせくする自分を、どこか遠くから冷めた視線で眺めているのでしょう、ここまでは、よくあることですが、彼の場合は、ここから行動に移してその関係性を引っ掻き回すわけですから不運も悲劇も吹っ飛んでしまいますね。

ここまでみてきた「フョードル」の性格について一言でいえば、とんでもないやつ、と言えると思いますが、なかなか一筋縄でいかないところがあり、その行動にはある種の複雑性を背景にした一貫性のようなものがあるように思います。


2016年5月5日木曜日

35

《わたしのソフィヤ》が亡くなって3ヶ月後に「ヴォロホフ将軍の未亡人」が行動を起こします。

まるまる8年ぶりで、憎き「フョードル」と面会する場面です。

「町ですごしたのは全部でせいぜい三十分かそこらだったのに、多くのことをやってのけた」のですが、この表現は次に続く内容そのものを端的に表していて小気味がいいです。

「ヴォロホフ将軍の未亡人」がその家を訪ねたのは夕刻のことでした。

酔っ払った「フョードル」が出てきましたがその時、「何の説明もなしにいきなり、したたか音のする頬びんたを二発くらわせ、前髪をつかんで三度下に引きおろし」ました。

そして、「一言も付け加えずに」さっさと召使小屋に行きます。

そこで、「子供たちが行水も使わされず、汚い下着でいることを一目で見ぬくと、夫人はすぐに当のグリゴーリイにまで頬びんたを見舞い」ました。

「グリゴーリイ」は忠実な奴隷らしく、この理不尽な暴力に口答えひとつしませんでした。

「ヴォロホフ将軍の未亡人」は二人の子供を「膝掛けにくるんで、馬車に乗せ、自分の町に連れ戻」りました。

読んでいてイメージがみずみずしく思い浮かんでくるようなすばらしい展開です。

夕刻から酔っ払っていた「フョードル」はともかくとして、忠僕「グリゴーリイ」にまで頬びんたというのは、とんだ迷惑ですが、彼は去りゆく「ヴォロホフ将軍の未亡人」の馬車を見送りながら最敬礼をして「お子さま方に代って、神さまがきっと償いをなさってくださいますでしょう」と言います。

この言葉は、この小説の今後を暗示するような重要な言葉と思われますが、ここで作者は「ヴォロホフ将軍の未亡人」に次のようなとんでもない言葉を言わせます。

「とにかくお前は抜作(ぬけさく)だよ!」

「抜作(ぬけさく)」?、私は、この言葉はお見事だと拍手を送りたいくらいですが、「抜作」という言葉は死語になっているようで若者にはわからないようです。
ちなみに「抜作」をネットの辞書で調べると「間抜けな人をあざけっていう語」というのが、一番多く出てくるのですが、少し違和感を感じます。
少なくともこの小説中の使用では、少し突き放した中に暖かみがあるように思います。

ついでに、この台詞は他の人の翻訳ではどうなっているか調べてみました。

米川正夫訳は「なんといったってお前は阿呆だよ!」
中山省三郎訳は「それにしてもやはりおまえが間抜けなのだよ!」
亀山郁夫訳は「それにしても、あんたはどがつくほどの阿呆だよ!」(「ど」の上に強調の黒丸付き)


私にとっては、原卓也訳の「とにかくお前は抜作だよ!」が一番しっくりきます。

「ヴォロホフ将軍の未亡人」はそう言って、馬車で立ち去りながら「グリゴーリイ」に「夫人は一喝くらわせた」のです。

ただただかわいそうなのは、忠僕「グリゴーリイ」です。

この捨てぜりふは、長年ずっと、愛憎並存する心持ちでこの家の様子を監視していた「ヴォロホフ将軍の未亡人」ならではの言葉でしょう。

たぶん、主人の好き勝手な行動を身近で知っている「グリゴーリイ」に対するイライラ感の爆発です。

この辺のくだりは、かみ合わない言葉のやりとりがおかしくもあり、反対にそれだから強力な現実感を感じます。


2016年5月4日水曜日

34

母「ソフィヤ・イワーノヴナ」の死後、二人の息子「イワン」と「アレクセイ」は従僕「グリゴーリイ」が面倒をみました。

先の妻がいなくなった際の長男「ドミートリイ」の時と同じです。

今回も父親である「フョードル」は二人の子供の存在を忘れてしまうのです。

この存在自体を忘れるということは、親として非情なことで、モノとして捨て去るということです。
また、存在を忘れられるということは、人間として死の宣告を受けたと同然のことです。

「ドミートリイ」は3歳の時から1年間、「イワン」は5~6歳の時から、「アレクセイ」は2~3歳の時から3ヶ月間「グリゴーリイ」が面倒をみたことになります。

ここでふたたび、「ヴォロホフ将軍の未亡人」が登場します。

「ソフィヤ・イワーノヴナ」の「恩人であり、養育者だった、わがままな老将軍夫人」です。

彼女は、「ソフィヤ・イワーノヴナ」が「フョードル」と結婚した時に、「二人を呪った」ほどでしたので、その執念深さがここで発揮されます。

彼女は「ソフィヤ・イワーノヴナ」がいなくなってから8年間ずっと「自分の受けた侮辱」を忘れることができず、《わたしのソフィヤ》がどのような生活をしているかについて「きわめて正確な情報をひそかに入手しており」、彼女が病気であることやら「フョードル」の破廉恥な行動などすべて把握していました。

そして、その「取り巻き連中」に「こうなるのが当たり前さ。恩知らずの罰を神さまがお下しになったんだよ」と口にしたそうです。

ここで老将軍夫人が「きわめて正確な情報をひそかに入手しており」ということが深刻でもあり、ある意味で滑稽でさえありますね。

彼女は密偵でも放っていたのでしょうか、そんなことは現実的ではありませんので、たとえば近所に知り合いがいて、定期的に情報を手紙で郵送するようにお金を払ってお願いしていたとかのほうが本当っぽいですね。


しかし8年間もずっと、相手にしられぬように、そっと覗きこむような、そんな一見して非生産的で趣味的なことをしていたというのが考えられませんが、人間の本性とはこういうことかもしれませんね。


2016年5月3日火曜日

33

「ソフィヤ・イワーノヴナ」が結婚して1年後に「イワン」が生まれました。

それから3年後に「アレクセイ」が生まれました。

そして「アレクセイ」が「数えで四つ」の時に「ソフィヤ・イワーノヴナ」は亡くなりました。

ここでいきなり「数え」の年齢が出てきましたが、これは、出生時点で1歳、1月1日を迎えるごとに1歳ずつ歳をとる年齢の数え方ですので、「アレクセイ」が満年齢で2歳か3歳のときに、「ソフィヤ・イワーノヴナ」が亡くなったことになります。

彼女の死の理由はここでは述べれられていませんが、「アレクセイ」はふしぎなことに、一生、夢の中の出来事のようにではありますが母親を覚えていたそうです。


幼少時に記憶については、人によって全く違いますが、3歳のころの記憶があるという人は、ごくわずかとは思いますがいるにはいるようです。


2016年5月2日月曜日

32

「ソフィヤ・イワーノヴナ」は「ごく幼いころからおどおどしどおしだった」と書かれています。

これは他人の家に引き取られ、強力な個性の継母に育てられたという環境の影響もあって仕方のないことかもしれませんが、彼女自身の生来の性格の方もあると思います。

彼女は結婚後、「癲狂病み(てんきょうやみ)」という「下層階級の農村の婦人なぞの間でいちばんよく見受ける、女性特有の一種の神経症とも言うべき病気」にかかりました。

「癲狂病み」とは聞きなれない言葉ですが、どんな病気でしょうか。

訳注では、「女性に多い強度のヒステリー発作で、発作の間じゅう病人は絶叫しつづける」と書かれています。

普段は素直でやさしく、清純で、清楚な容姿で、すばらしい美貌の持ち主である女性が、突然意識を失って絶叫しつづけるのですから、おそろしい病気です。

ドストエフスキーは、「癲狂病み」のことを「女性特有の一種の神経症」と書いていますが、男である自分自身もしばしば「てんかん」の発作におそわれて苦しんでいます。

この「てんかん」の発作と「癲狂病み」の症状はよく似ているのですが、同じ病気なのでしょうか。

「てんかん」と言えば最近では、車を運転中に「てんかん」の発作で意識を失い暴走する事故が多発して社会問題となっていますが、この場合の「てんかん」というのは、どういう病気でしょうか、調べてみると、 原因は様々で、脳腫瘍や頭部外傷後遺症などの明らかな原因がある場合は「症候性てんかん」、原因不明の場合は「特発性てんかん」と呼ばれるそうです。

ここで、「ソフィヤ・イワーノヴナ」の「癲狂病み」というのは、勝手に判断すれば、「特発性てんかん」に近いのではないかと思われますが、きっかけは、ずっと押さえつけられた精神的なものが、不本意な結婚生活のために増大し、行き場を失って爆発したのではないかと推測できます。


そして、これには、ロシア的と言われる歴史的風土的なものも関係しているのかもしれませんので、この「癲狂病み」には、重要な要素がたくさん含まれているような気がします。


2016年5月1日日曜日

31

ここで、作者が「特徴的な一面なので記しておきたいのだが」と前置きしているのは召使の「グリゴーリイ」のことです。

彼は3歳の「ドミートリイ」を引き取ったこの家の親切な忠僕ですが、ここでは、気の毒に「例の陰気で愚かで、意固地な理屈屋の召使」と形容されていますので、そのような一面もあるのでしょう。

彼は、先夫人の「アデライーダ」を目の仇にしていたそうですが、新夫人「ソフィヤ・イワーノヴナ」については「味方について、彼女をかばい、召使としては許しがたいくらいの態度でフョードルに盾つき、一度なぞは、乱痴気騒ぎを打ちきらせ、集まっていたいかがわしい女どもを力ずくで一人残らず追い返したことさえあった。」そうです。

そこまでして、主人に反抗して「ソフィヤ・イワーノヴナ」をかばうということは、哀れな彼女に対して、自分の心の琴線に触れるような何か深い想いがあったのかもしれません。

3歳の子供を引き取ったときもそうでしたが、「グリゴーリイ」はかわいそうな立場に置かれた人に手を差し伸べるよき人物であると思いますが、この古くからの召使は主人の「フョードル」のことをどう見ていたのでしょうか。