2016年8月7日日曜日

129

「フョードル」は少しふざけはじめてきていますね。

「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」は、置いて帰りますよ、そうしらたあなたは両手をつかんで引きずりだされますよと、「フョードル」に言います。

なんだか、ここまできて、「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」も「フョードル」の同類のように思えてきました。

本人は正反対と思っているでしょうが、どこか補完しあっているようです。

「フョードル」は僧庵の囲いの内へ一歩入るなり、「見てごらんよ、なんてすばらしいバラの谷間に暮らしてるんだろう」と突然叫びました。

そこには、今の季節はバラはありませんでしたが、たくさんの珍しい美しい秋の花が一面に咲き乱れていました。

作者は、「おびただしい数の珍しい美しい秋の花」と書いていますが、その一部でも花の名前を書いてほしかったです。


これらの花の世話は、経験の豊かな人が行っているらしく、花壇は教会の囲いの内にも、墓の間にも作られており、長老の庵室のある入口の前の渡り廊下のついた木造の小さな平屋も花に囲まれていました。


2016年8月6日土曜日

128

修道僧の答えたことについて、「フョードル」は、「してみると、やはり僧庵から女性たちのところへ抜け道が通じてるんですね。いや、神父さん、わたしが何か妙な勘ぐりをしてるなんて思わんでくださいよ。べつに他意はないんですから。」と、とんでもないことを喋りだしました。

修道僧に「神父さん」と敬称で読んでおり、「べつに他意はない」と言っていますが魂胆が見えていますね。

以前に「アリョーシャ」がはじめて「フョードル」に修道院に入りたいと話したときに、酔いがまわってきた「フョードル」が《修道院妻》とまわりから呼ばれている小さな村を郊外に持っている修道院の話をしたことがありましたが、それを思い出したのかもしれませんね。

そして、「アトスじゃ女性の来訪が許されないだけではなく、どんな生き物でも雌はいっさいいけないそうですな、鶏だろうと、七面鳥だろうと、子牛だろうと・・・」と話は続きます。

以前に長老制度の歴史のところでアトスが出てきましたが、「フョードル」は物知りですね。

宗教的ではまったくない彼が、自分の付き合いの中で誰かにそのような話を聞いたのでしょうか。

アトスは女人禁制ということは、有名らしいです。

『芸術新潮』の2016年6月号に「修道士の祈りと記憶の巡礼」というタイトルでアトスのことが書かれてあり、「1400年頃から女人禁制となり、今日までその掟は堅く守られている。家畜も全てオスという徹底ぶり(ネズミを捕獲するために猫だけはメスがいる)。」と書かれていました。


「フョードル」が先ほど「他意はない」と言ったのは、彼にしては実際にそのとき頭に浮かんできた疑問であり、案外本当かもしれないと思い直しました。


2016年8月5日金曜日

127

修道僧は「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」の言葉を聞いて、「青白い血の気のない唇に、一種ずるそうな感じの多少ある、微妙な無言の微笑がうかんだが、何とも返事をしなかった。自尊心から沈黙を守ったことは、あまりにも明らかだった。」そうですが、文学でしか表現できないなんとも細やかな描写ですね。

「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」は修道僧の微妙な態度に気づいたからでしょうか、いっそう眉をひそめました。

そして、「えい、くたばりやがれ、こんなやつら。何世紀もかかってやっと作りあげたような顔をしてやがるけど、実際は偽善とでたらめじゃないか!」という思いが頭の中をよぎったのでした。

彼は自由主義者ということですから、このような宗教的な権威やそれを背景としたすべてのことに対抗し反発する意識を持っているのでしょう、この修道院内においてもかなり挑戦的な態度です。

一方、「フョードル」も「礼儀正しく振舞おう」と約束したにもかかわらず、はじめから発言はあぶなっかしい要素を含んでいるように思えます。

「フョードル」いわく、「あれが僧庵だ、やっと着いたな!塀をめぐらして、門を閉めきってあるな」。

そう言って、「門の上や横に描かれている聖者たちに、大仰な十字を切りはじめた。」のです。

もう、ここまでで、すでに道化的要素が自ずから出てきてしまっているように感じますが、さらにエスカレートします。

「フョードル」は「人それぞれに流儀あり、と言うけれど・・・」と余計な軽口をたたきながら、「ここの僧庵じゃ全部で二十五人もの聖人が行を積んでらして、互いににらめっこをしては、キャベツばかり食べてるんだそうだ。・・・」

もう、すでに完全に馬鹿にしている言い草ですね。

そして、ここの僧庵には、「女性は一人もこの門をくぐれないというんだから、これが特に立派な点さね。実際そうなんだからね。ただ、ちょいと小耳にはさんだところだと、長老はご婦人にお会いになるそうですな?」と、突然に修道僧に問いかけました。

「フョードル」は全く神に敬意など払っていないのでしょう、理論で無神論者になった者よりもこっちの方が根っからの無神論者かもしれません。

修道僧は質問されたことについて説明します。

それによりますと、たしかに、平民の女性は渡り廊下のわきに寝て、長老を待っていますし、渡り廊下の囲いの外に身分の高い婦人のために小部屋が二つ設けてあって、その窓がここから見えていますが、長老が元気なときには内廊下を通ってその小部屋のところにいらっしゃいますが、あくまでもそれは囲いの外というわけらしいです。

今もハリコフ県の地主でホフラコワさまという婦人が衰弱しきったお嬢さまをお連れになって待っているとのことです。


それは、たぶん長老が会うと約束をしているからでしょう、最近は、会衆のところへ出かけるのもやっとという状態でありますが、と修道僧は答えました。


2016年8月4日木曜日

126

「フョードル」が地主の「マクシーモフ」のことを「フォン・ゾーンにそっくりだ」と言ったことにたいして、「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」は、どうして彼が「フォン・ゾーン」に似ていると言うのか、そしてそもそも「フォン・ゾーン」を見たことがあるのか?と聞き返します。

「フョードル」は写真を見たことがあると言います。

そして、目鼻立ちは似てなくても、「いわく言いがたい点が似てますな。まさに正真正銘フォン・ゾーンの複製だ。こういうことは、顔だちを見ただけでわかるほうでね」と言います。

「フョードル」は世の中のことに長けているだけあって、人を一目で見抜くことには自信があるのでしょう。

いったいどういう点が似ているのかわかりませんが、顔立ちでなければ、直感的なものでしょう。

「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」も「そりゃ、あなたはこういうことに関しちゃくわしいでしょうよ。・・・」と言います。

そして、彼は、そのような会話から「フョードル」の道化のようなことがはじまる予感がしたのかもしれず、「わたしらは礼儀正しく振舞おうと約束したんですからね・・・」くれぐれも自制してください、と釘をさします。

また、彼は自分は「フョードル」なんかとは違う、そして「フョードル」といっしょに、「ちゃんとした人たちの前へ出るのがこわくてならない」と修道僧に言いました。

すいぶん自己主張が強い人ですね、自分は「フョードル」なんかとは関係なく、ちゃんとした人間だということを訴えています。


2016年8月3日水曜日

125

自分のことを言われてもすっとぼけている「フョードル」に対して、「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」は、「フョードル」の猿芝居など見たくないから「ドミートリイ」は来ない方がいい、でも、食事には伺うので、院長さまにお礼を申し上げてくださいと修道僧に言いました。

修道僧は、自分はあなたがたを長老さまのところまで案内しますので、院長さまのところには行けませんと言います。

そうしたら、地主の「マクシーモフ」が自分が院長さまのところへ参ります、と舌足らずの口調で言いました。

修道僧は、院長さまはたいへん忙しいので、言いかけましたが、結局、「でも、まあお好きなように・・・」と煮えきらぬ口調で言いました。

地主の「マクシーモフ」は修道院のほうへ駆け戻って行くと、「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」は「しつこい爺だな」と不満げに言いました。

そうすると、だしぬけに「フョードル」が言いました。

「フォン・ゾーンそっくりだ」と。

ここに(当時評判になった殺人事件の被害者)と訳注が付いています。

私も別に調べてみましたら、次のような文章が見つかりました。

「フォン・ゾーン」フォン・ゾーン事件について。「群像」2005年11月号(p.174)から引用します。「ニコライ・フォン・ゾーンは高齢の七等文官。1869年11月7日にペテルブルクで行方不明になり、その後12月半ばに自首してきた関与者の証言により殺人事件の真相が明らかになった。フォン・ゾーンはイワノフという男が娼婦を何人も抱えて売春を行っている住居に案内され、そこで毒をもられたうえ、(毒がよくきかなかったせいか)さらに首を絞められ、終いにはアイロンで頭まで殴られて殺された。殺害は彼の所持金を盗む目的によるものである。自主証言によれば、死体はトランクにつめられ、翌日鉄道でモスクワに送られたとのことだったが、調べてみると、実際、モスクワの鉄道駅には引き取り手のないトランクが一つ残されており、中を開けてみるとフォン・ゾーンの死体が入っていた。なおこの事件の裁判の際に、化学の専門家として出廷したのが、後に周期律の発見者として高名になる(当時はまだ全く無名の)メンデレーエフだった。」それから、このページの終わりにある『カラマーゾフの兄弟』に出てくるというのは、『カラマーゾフの兄弟』第一部第二編の一と、八に出てきます。

そういう訳で、第一部第二編の八でも「フォン・ゾーン」のことが出てきますが、そちらの方が事件のことが詳しく書かれています。


また、「スターラヤ・ルッサとの関連でさらに興味深い事実の一つに、フォン・ゾーン事件がある。彼が最初に間借りした二階建ての家の近くに、同じフォン・ゾーンという元陸軍少佐の一家が住んでおり、数年前に死んだ一家の主は、モスクワで起った猟奇事件の被害者とよく似ていたばかりか、『カラマーゾフの兄弟』の父親フョードルともあまりに酷似していたため、小説を読んだルッサの住人たちは一様に仰天したという」という亀山郁夫氏の文章もありました。



2016年8月2日火曜日

124

地主の「マクシーモフ」は話しかけながら一行について僧庵に行こうとしている様子ですが、いったいどういうつもりなのでしょう。

「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」もたぶんそう思ったのでしょう。

「・・・わたしらは内輪の用事で・・・ご案内はありがたく思いますが、入るのはご遠慮いただきます」と、きびしい口調で注意しました。

ずいぶんときっぱりと言いますね。

それに対し、地主の「マクシーモフ」は「わたしはもう行ってきたんですよ、ええ、もう行ってきたんです・・・完全無欠な騎士ですな!」と答えましたが、彼の言葉はここでもそうですが、いつもあたふたして、言葉たらずで何を言っているのかわかりません。

「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」もそう思ったのでしょう。

「だれが騎士ですって?」と聞き返しました。

地主の「マクシーモフ」は、「ゾシマ長老」のことをそのように言って、感嘆のあまりなのかわかりませんが、長老をひどくほめたたえます。

そこに、「頭巾をかぶった小柄な、ひどく青ざめてやつれはてた」一人の修道僧が一行に追いつきました。

そして、要領を得ぬ地主の「マクシーモフ」の言葉をさえぎりました。

「フョードル」と「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」は立ち止まりました。

修道僧は、丁寧な最敬礼に近いおじぎをして、僧庵での用件が終わってから食事を提供するとの修道院長の言葉を伝えました。

そして、「・・・あなたもどうぞ」と修道僧は地主の「マクシーモフ」にも声をかけました。

「フョードル」は食事の招待を「ぜひ伺いますとも。」とたいへん喜んで同意しました。

そして、「・・・実は、わたしども、ここでは礼儀正しく振舞おうと約束したようなわけでしてね・・・あなたもいらっしゃるでしょう、ミウーソフさん?」と同意を促しました。

もちろん彼も、ここの慣習を残らず見てゆきたいという思いがあるので同意しましたが、「・・・ただひとつだけ頭の痛いことがあるんですよ。つまりね、あなたといっしょだってことです。フョードル・パーヴロウィチ」と付け加えます。

「そう、ドミートリイはまだ来とらんし」と「フョードル」は言います。

ずいぶん、とんちんかんな会話ですね。

「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」は「フョードル」といっしょに食事をとることが自分にとっては頭が痛いことだと本人に直接言っています。

「フョードル」はあきらかに侮辱されていると思うのですが、いったい二人はどういう関係なのでしょうか。

むしろ、「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」の方が、「フョードル」たちの話に乗せてもらっているので、そんなに偉そうな口をきけないと思うのですが、この町では、「フョードル」の道化ぶりは当たり前のこととしてみんなに知れわたっているのでしょう。


「フョードル」は反論するでもなく、「そう、ドミートリイはまだ来とらんし」と訳のわからないことを言います。


2016年8月1日月曜日

123

修道院に入った訪問者一向が案内もなく、とまどっているところへ、トゥーラの地主で六十歳くらいの「マクシーモフ」が声をかけてきました。

彼は髪もだいぶ薄くなっており、スプリングコートを着ており、やけに愛想のいい目をして近づいてきました。

そして、帽子を軽くあげて挨拶したあと、甘たるい舌たらずな発音で自己紹介しました。

「トゥーラ」とは、「モスクワの165 km南、ウパ川沿いに位置するヨーロッパロシアの産業都市で、トゥーラ州で最も人気のある観光地は、作家レフ・トルストイの家と墓地のあるヤースナヤ・ポリャーナである。そこは、この街からほんの14キロメートル南西に位置している。トルストイは、名高い『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』をそこで著した。」

ついでに「スプリングコート」とは「春・秋用の薄地の外套(がいとう)。合コート。」

まだ、これだけでは、地主の「マクシーモフ」の容貌ははっきりしませんね。

そして、彼は訪問者一向の気になっていることを話しはじめます。

「ゾシマ長老」は僧庵にこもって暮らしていて、場所は修道院から林をぬけて四百歩ほどのところだと、一行の知りたがっていたことを話します。

四百歩とは何メートルくらいでしょうか、疑問に思っていたところ、真偽のほどはわかりませんが、ネットに詳しい説明が載っておりました。

掲載されていたのは百歩の例ですが、それによりますと、以下のとおりです。

■ゆっくり歩き 身長×0.37 (もしくは2足分)
■普通歩き 身長×0.45 (もしくは2.5足分)
■早歩き 身長×0.50 (もしくは3足分)

したがって身長を175cmとした場合、
普通歩きでは、100歩=【78.75m】となります。
早歩きでは、100歩=【87.5m】。
ゆっくり歩きでは、100歩=【64.75m】となります。
ですので、100歩は約【65m~88m程度】ですね。


以上だとすると、四百歩はだいたい315メートル前後くらいでしょうか。

この修道院に来たことのある「フョードル」も黙っていません、「林をぬけていく行くってことは私も知ってるんだがね」と、ひとこと口をはさみます。

そして、自分はずいぶん来ていないので、道がよく思い出せないのだと。

実際に、「フョードル」が千ルーブルの喜捨をした時に「ゾシマ長老」の僧庵まで行ったのでしょうか、それはわかりません。

結局、地主の「マクシーモフ」のせっかちな促しの言葉で、一同は門を出て林の中をすすんでいきました。

地主の「マクシーモフ」は、「ほとんど信じられないほどの気ぜわしい好奇心をこめて一同を子細に眺めながら、横の方を歩く、というよりむしろ走っていた。その目に、なにか出目のような感じがあった。」


この「出目のような感じがあった。」とは、どういう意味なのか、私にはわかりませんでした。