「兄さん、でもお父さんは絶対にくれやしませんよ」
「くれないのはわかっている、完全に承知のうえさ。特に今はな。そればかりか、俺はこんなことまで知っているんだ。最近、それもここ二、三日の間に、いや、ひょっとするとつい昨日あたりかもしれないんだが、親父ははじめて、グルーシェニカがことによると本当に、冗談じゃなく俺と結婚する気になるかもしれないってことを、本気で(3字の上に傍点)(本気で、というところが大事なんだぜ)嗅ぎつけたんだよ。親父もあの女の気性は知っている。あの牝猫のことはよく知っているからな。だとしたら、当の親父もぞっこん参っているというのに、そんなチャンスを助けるために、わざわざ俺に金までくれると思うかい?しかも、それだけじゃない、俺はお前にもっといろいろ教えてやれるんだぜ。実はな、五日ほど前に親父は三千ルーブルとりわけて、百ルーブル札にくずしたうえ、大きな封筒に入れて、封印を五つも押し、しかもその上から赤い細引きで十字に縛ったもんだ。どうだい、実にくわしく知っているだろう?封筒の上には、『わが天使グルーシェニカへ。来る気になったら』と書いてある。親父が内緒でこっそり、自分で書いたのさ、だから、親父のところにそんな金があることは、召使のスメルジャコフ以外、だれも知らないんだよ。あの男の正直さを、親父は自分自身と同じくらい信用してるからな。これでもう三日か四日、親父はグルーシェニカが金包みをとりにくると期待して、待っているんだ。彼女に連絡したら、先方も『行くかもしれない』と連絡してきたそうだからな。だから、もしあの女が爺のところへやってきたりしたら、それでも俺はあの女と結婚できると思うかい?これでお前も、なぜ俺がこんなとこに張りこんで、いったい何を見張っているのか、わかっただろう?」
実に詳しく知っていますね。
しかし、話の軸が「カテリーナ」のことから「グルーシェニカ」の方へ完全にずれています。
「カテリーナ」に返すため「フョードル」に三千ルーブルもらうという話しだったのが、今はもらえないことの説明になっています。
「フョードル」が「ドミートリイ」に三千ルーブル渡せば、「ドミートリイ」と「カテリーナ」の関係が精算され、「グルーシェニカ」と結婚に向けての可能性が大きくなるのですから、くれやしませんね。
しかし、三千ルーブルとりわけて、百ルーブル札にくずし、大きな封筒に入れて、封印を五つも押し、しかもその上から赤い細引きで十字に縛るとは、「フョードル」らしいですね。
「グルーシェニカ」も『行くかもしれない』と連絡したというのですから、狸の騙し合いです。
それにしても気になるのは、「フョードル」家の内実をここまで詳しく「ドミートリイ」に喋ったスパイの存在です。
0 件のコメント:
コメントを投稿