このとき、予期せぬことが起こりました。
「アリョーシャ」が突然くしゃみをしたのです。
このくしゃみは、突然と書かれていますけど、さんざん若い二人の男女の会話を聞いたあげくのことですので、意図的にくしゃみしたと考えた方がいいと思います。
そうでなければ、ずっとそのまま聞いてしまうことになりますから。
ベンチのあたりは一瞬のうちに静かになりました。
「アリョーシャ」は立ちあがり、二人の方へ歩いていきました。
それはまさしく「スメルジャコフ」で、すっかりめかしこみ、どうやらこて(二字の上に傍点)で縮らせたらしい髪をポマードで固め、エナメルの短靴をはいていました。
ギターがベンチの上に置いてありました。
女は家主の娘「マリヤ」で、一メートル半近い裳裾のついた、明るいブルーのドレスを着こんでいました。
まだ、若い娘で、器量もまんざらではないのだが、ひどく丸顔で、おそろしくそばかすだらけでした。
「ドミートリイ兄さんは間もなく戻ってくるかしら?」
「アリョーシャ」はできるだけ落ちついて言いました。
「スメルジャコフ」はゆっくりベンチから腰をあげました。
「マリヤ」も腰をうかしました。
「どうしてわたしがドミートリイさまのことを存じているはずがございます? わたしがあの方の見張りでもしているのなら、話は別でございますがね」
低い声で、一語一語はっきりと、小ばかにしたように、「スメルジャコフ」が答えました。
「いや、知らないかどうか、ただきいてみただけさ」
「アリョーシャ」は弁解しました。
「あの方の居場所なぞ、何も存じません。それに知りたくもございませんしね」
「でも、兄さんは言ってたよ、家の中で起ることはみんな、君が知らせてくれるって。それに、グルーシェニカが来たら、知らせるって約束したそうじゃないか」
「スメルジャコフ」は平然としてゆっくり相手に視線を投げました。
「それにしても、今どうやってここにお入りになりました? なぜってここの門は一時間前に錠をおろしたはずですからね」
「スメルジャコフ」はうまく話をそらしますね。
食い入るように「アリョーシャ」を見つめながら、彼はたずねました。
「僕は横町から生垣を乗りこえて、あずまやにまっすぐ来たんだよ。赦していただきたいと思いますが」
「アリョーシャ」は「マリヤ」をかえりみました。
「早く兄を捕まえる必要があったものですから」
「あら、あなたに腹を立てるなんて」
「アリョーシャ」の謝罪に気をよくして、「マリヤ」がのんびりした口調で言いました。
「ドミートリイさんもちょいちょい、その手であずまやへいらして、あたしたちの知らないうちに、あずまやに坐ってらしたりなさいますのよ」
「僕は今、一生懸命に兄を探してるんです。ぜひ兄に会うなり、兄が今どこにいるか教えていただくなりしたいと思いまして。本当の話、兄自身にとって非常に重要な用なものですから」
「何もうかがっておりませんけれど」
「マリヤ」が舌足らずな口調で言いました。
「わたしは知合いのよしみで時々こちらへ伺うんですが」
また「スメルジャコフ」が口をひらきました。
「あの方はここへ来てまで、のべつ旦那さまのことを質問しては、情け容赦なくわたしをしめつけるんですよ。家じゃ何があっただの、様子はどうだ、だれが来て、だれが出て行っただの、ほかに何か知らせることはないのかだのって。二度も殺すぞって脅されたほどでさあ」
「殺すだって?」
「アリョーシャ」はびっくりしました。
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