2017年8月12日土曜日

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このとき、予期せぬことが起こりました。

「アリョーシャ」が突然くしゃみをしたのです。

このくしゃみは、突然と書かれていますけど、さんざん若い二人の男女の会話を聞いたあげくのことですので、意図的にくしゃみしたと考えた方がいいと思います。

そうでなければ、ずっとそのまま聞いてしまうことになりますから。

ベンチのあたりは一瞬のうちに静かになりました。

「アリョーシャ」は立ちあがり、二人の方へ歩いていきました。

それはまさしく「スメルジャコフ」で、すっかりめかしこみ、どうやらこて(二字の上に傍点)で縮らせたらしい髪をポマードで固め、エナメルの短靴をはいていました。

ギターがベンチの上に置いてありました。

女は家主の娘「マリヤ」で、一メートル半近い裳裾のついた、明るいブルーのドレスを着こんでいました。

まだ、若い娘で、器量もまんざらではないのだが、ひどく丸顔で、おそろしくそばかすだらけでした。

「ドミートリイ兄さんは間もなく戻ってくるかしら?」

「アリョーシャ」はできるだけ落ちついて言いました。

「スメルジャコフ」はゆっくりベンチから腰をあげました。

「マリヤ」も腰をうかしました。

「どうしてわたしがドミートリイさまのことを存じているはずがございます? わたしがあの方の見張りでもしているのなら、話は別でございますがね」

低い声で、一語一語はっきりと、小ばかにしたように、「スメルジャコフ」が答えました。

「いや、知らないかどうか、ただきいてみただけさ」

「アリョーシャ」は弁解しました。

「あの方の居場所なぞ、何も存じません。それに知りたくもございませんしね」

「でも、兄さんは言ってたよ、家の中で起ることはみんな、君が知らせてくれるって。それに、グルーシェニカが来たら、知らせるって約束したそうじゃないか」

「スメルジャコフ」は平然としてゆっくり相手に視線を投げました。

「それにしても、今どうやってここにお入りになりました? なぜってここの門は一時間前に錠をおろしたはずですからね」

「スメルジャコフ」はうまく話をそらしますね。

食い入るように「アリョーシャ」を見つめながら、彼はたずねました。

「僕は横町から生垣を乗りこえて、あずまやにまっすぐ来たんだよ。赦していただきたいと思いますが」

「アリョーシャ」は「マリヤ」をかえりみました。

「早く兄を捕まえる必要があったものですから」

「あら、あなたに腹を立てるなんて」

「アリョーシャ」の謝罪に気をよくして、「マリヤ」がのんびりした口調で言いました。

「ドミートリイさんもちょいちょい、その手であずまやへいらして、あたしたちの知らないうちに、あずまやに坐ってらしたりなさいますのよ」

「僕は今、一生懸命に兄を探してるんです。ぜひ兄に会うなり、兄が今どこにいるか教えていただくなりしたいと思いまして。本当の話、兄自身にとって非常に重要な用なものですから」

「何もうかがっておりませんけれど」

「マリヤ」が舌足らずな口調で言いました。

「わたしは知合いのよしみで時々こちらへ伺うんですが」

また「スメルジャコフ」が口をひらきました。

「あの方はここへ来てまで、のべつ旦那さまのことを質問しては、情け容赦なくわたしをしめつけるんですよ。家じゃ何があっただの、様子はどうだ、だれが来て、だれが出て行っただの、ほかに何か知らせることはないのかだのって。二度も殺すぞって脅されたほどでさあ」

「殺すだって?」


「アリョーシャ」はびっくりしました。


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