2018年6月2日土曜日

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四 魂の苦難の遍歴-第二の苦難

「信じていただけぬかもしれませんが、あなたのそういう心構えで、われわれ自身も非常に元気づけられましたよ、ドミートリイ・フョードロウィチ・・・・」

ほんの少し前に眼鏡をはずした、強度の近視のために出っ張っている、大きな淡灰色の目に、露骨な満足の色をかがやかせながら、「ネリュードフ」が元気づいた様子で言いました。

「あなたは今、相互の信頼ということをおっしゃっていましたが、まことにごもっともなお言葉で、こういう重大な事件の際には、それがなければ往々にして審理が不可能にさえなりますからね。つまり、容疑者が本当に無実を証明したいと望み、希望し、またそれができるような場合と、そういう意味においてですが。こちらとしては、われわれの一存でできる方法はすべて用いますし、またわれわれの審理のすすめ方は、あなた自身、今までにもおわかりいただけたと思います・・・・賛成してくださるでしょう、イッポリート・キリーロウィチ?」

「相互の信頼」ということはこの時代にも言われているのですね。

だしぬけに彼は検事に声をかけました。

「ええ、もちろん」

「ネリュードフ」の張り切り方にくらべるといくらか素っ気ない口調ではありましたが、検事は賛成しました。

一度だけ断っておきますが、新任の予審調査官「ネリュードフ」は、この町に活動舞台を得たそもそもの最初から、わが検事「イッポリート・キリーロウィチ」に並みはずれた尊敬をいだき、心から親しくなったと言ってもよいほどでした。

これは、《不遇の身をかこつ》わが「イッポリート・キリーロウィチ」の心理分析や弁舌の非凡な才能を文句なしに信じ、彼が不遇であることも頭から信じている、ほとんど唯一の人間でした。

《不遇の身をかこつ》とは彼が職務上正当な評価を受けていないということではなく、彼が正当な評価を受けていないと自分で思い込んでいるという意味で《》が付いているのですね。

検事の噂はペテルブルグにいるころからきいていたのでした。

その代り、若い「ネリュードフ」のほうも、《不遇な》検事に心から愛された、世界でただ一人の人間でした。

この「世界でただ一人の人間」というのはどういうことでしょう、あまり好意的な描かれ方ではないですね、ということは、この検事と予審調査官はその仕事上の能力は優れているかもしれませんが、周りからはすこし浮いたような人物ということですね、だとするとなぜそのような変わり者的な設定にする必要があったのでしょうか、この二人は社会的な権力を象徴するような一般的な有能な人物として描く方が普通だと思いますが、そこに作者の何らかの意図があったのでしょうか。

ここへ来る途中、二人はこれから手がける事件に関して、いち早く二、三の申し合せをすませ、協定を結んでいたので、今、テーブルに向って、「ネリュードフ」の鋭い知性は、この仕事上の先輩のあらゆる指示や、顔の動きを、その一言半句や、眼差しや、目くばせなどから、即座にとらえ、理解していました。

検事「イッポリート・キリーロウィチ」は、心理分析にすぐれていると書かれていましたので、当時の先端的な捜査方法を身につけているのかもしれません、そういうところを若い「ネリュードフ」は噂で伝え聞いていて尊敬しているのかもしれません。

「みなさん、とにかく僕だけに話させてくれませんか、瑣末なことで話の腰を折らないでください。そうすればすぐに一部始終を説明しますから」

「ドミートリイ」はむきになって言いました。

「結構ですとも。感謝します。しかし、あなたのお話を伺う前に、われわれにとって非常に関心のある事実を、あと一つだけ確認していただけませんか。ほかでもありませんが、昨日の五時ごろ、あなたがピストルを担保に友人のペルホーチン氏から借りたという、例の十ルーブルの件ですが」

なぜ話が「ピストル」ではなくて「十ルーブル」の方なんでしょう、遠いところから攻め落とすという計画なのでしょうか。

「担保にしましたよ、みなさん、担保にしました、それがどうかしたんですか? 旅行から町へ戻ってくるとすぐ、担保にしただけの話です」

「旅行から戻られた? 町をお出になったんですか?」

「ええ、みなさん、四十キロも離れたところへ行ってきたんです。ご存じなかったんですか?」


検事と「ネリュードフ」が顔を見合わせました。


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