「こうなったいきさつを、今話すからさ。問題はほかのことじゃなく、こうなったいきさつにあるんだから! 僕はね、こいつを探しだすと、家へ引っ張ってきて、すぐに隠したんだ。家には鍵をかけて、最後までだれにも見せずにいたのさ。ただ一人、スムーロフだけは二週間ほど前に嗅ぎつけたんだけど、これはペレズヴォンだって僕が思いこませたもんで、見破れなかったんだよ。そこで僕は合間をみてはジューチカにあらゆる芸を仕込んだってわけさ。今すぐ見せるよ、こいつがどんな芸を知ってるか、見てやってくれよ! 僕はね、爺さん、すっかり芸を仕込んで、艶々と太ったこいつを君のところへ連れてくるために、教えていたんだよ。どうだい、爺さん、君のジューチカは今こんなに立派になったぜ、と言うつもりでさ。あの、お宅に牛肉の細片か何かありませんか、こいつが今すぐ傑作な芸を見せますからね、みんな笑いころげちまいますよ。あの、牛肉は、細片でいいんですけど、お宅にございませんか?」
二等大尉は玄関をぬけて家主の家へまっしぐらにとんで行きました。
二等大尉のところの食事もそこで作るのです。
一方「コーリャ」は、貴重な時間をむだにせぬため、やけくそに急いで、「ペレズヴォン」に「死ね!」と叫びました。
犬はとたんにくるくるまわって、仰向けに倒れ、足を四本とも上にあげたまま身動き一つしなくなりました。
少年たちが大笑いし、「イリューシャ」も先ほどと同じ苦痛にみちた微笑をうかべて眺めていましたが、だれよりも「ペレズヴォン」の死に真似がお気に召したのは、《かあちゃん》でした。
彼女は犬を見て笑いころげ、指を鳴らしてよびはじめました。
「ペレズヴォン、ペレズヴォン!」
「絶対に起きませんよ、どんなことがあったって」
得意満面で、しごく当然の自慢をしながら、「コーリャ」が叫びました。
「世界じゅうの人がよんだってだめです、でも僕が声をかければ、とたんに跳ね起きますよ! こいペレズヴォン!」
犬が跳ね起き、嬉しさにきゃんきゃん鳴きながら、とびまわりはじめました。
二等大尉が牛肉の煮たのを一片さげて走りこんできました。
「熱くないですか?」
肉を受けとりながら、「コーリャ」がせかせかと事務的にたずねました。
「いや、熱くないですね。でないと、犬は熱いものがきらいだから。さ、みんな見ててよ。イリューシャ、見ろよ、なあ見てろよ、爺さん、どうして見ないんだい? せっかく連れてきたのに、見てくれないなんて!」
新しい芸というのは、じっと動かずに立って鼻を突き出した犬の、それこそ鼻の上へうまそうな牛肉の片をのせるのでした。気の毒な犬は上に牛肉をのせたまま、身じろぎもせず、主人の命令があるまでたとえ三十分でも、じっと動かずに立っていなければなりませんでした。
しかし、「ペレズヴォン」がお預けをさせられたのは、ごく短い間だけでした。
「よし!」
「コーリャ」が叫ぶと、肉片は一瞬のうちに「ペレズヴォン」の鼻から口へとびこみました。
見物人はもちろん、有頂天なおどろきを示しました。
「それじゃ、ほんとに君は、犬に芸を仕込むだけのために、今までずっと来なかったんですか!」
「アリョーシャ」が不満げな非難をこめて叫びました。
たしかに「コーリャ」は「イリューシャ」の病状の報告を受けているはずですので、そんなことで時間を使っている暇はなかったのです、本当ならいち早く「ジューチカ」の無事を知らせて病人を安心させるべきですから「アリョーシャ」の不満ももっともだと思います。
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