「そんなはずはありません。あなたはとても賢いお方ですからね。お金が好きだし。わたしにはわかってます。それにとてもプライドが高いから、名誉もお好きだし、女性の美しさをこよなく愛してもいらっしゃる。しかし、何にもまして、平和な充ち足りた生活をしたい、そしてだれにも頭を下げたくない、これがいちばんの望みなんです。そんなあなたが、法廷でそれほどの恥をひっかぶって、永久に人生を台なしにするなんて気を起すはずがありませんよ。あなたは大旦那さまそっくりだ。ご兄弟の中でいちばん大旦那さまに似てきましたね、心まで同じですよ」
この「スメルジャコフ」の発言は、「イワン」にとってショックですね、ここまで面と向って言われるとは思ってもみなかったでしょう、これ以上ないくらいの侮辱ではないでしょうか、しかし「お金が好きだし」とは、今までの「イワン」の言動からそのように思ったことがありませんでしたが。
「お前はばかじゃないな」
どきりとしたように、「イワン」が口走りました。
血が顔にのぼりました。
「これまで、お前はばかだと思っていたよ。今のお前は真剣なんだな!」
なにかふいに親しい目で「スメルジャコフ」を眺めながら、彼は指摘しました。
「あなたが傲慢だから、わたしをばかだと思ってらしたんですよ。さ、金を受けとってください」
「イワン」は札束を三つそっくり受けとると、べつに包みもせずに、ポケットにねじこみました。
「明日、法廷でこれを見せてやるさ」
彼は言いました。
「だれも信じやしませんよ。幸い、今ではあなたにはご自分のお金がたくさんおありだから、手文庫から出して、持ってきたとしか思わないでしょうね」
「イワン」は席を立ちました。
「もう一度言っておくが、お前を殺さなかったのは、もっぱら、明日のために必要だからだぞ、それを肝に銘じておけ、忘れるなよ!」
「いいですよ、殺してください。今殺してください」
突然、異様な目で「イワン」を見つめながら、「スメルジャコフ」が異様な口調で言い放ちました。
「それもできないでしょうに」
苦々しく笑って、彼は付け加えました。
「以前は大胆なお方だったのに、何一つできやしないんだ!」
「いずれ明日な!」
「イワン」は叫んで、帰ろうとしかけました。
「待ってください・・・・もう一度その金を見せてください」
「イワン」は札束を取りだして、示しました。
「スメルジャコフ」は十秒ほど見つめていました。
「さあ、もうお帰りください」
片手を振って彼は言いました。
「イワン・フョードロウィチ!」
彼はふいにまた、「イワン」のうしろ姿に声をかけました。
「何の用だ?」
もはや歩きながら、「イワン」はふりかえりました。
「さようなら!」
「スメルジャコフ」はかつて尊敬していた「イワン」に対し、失望し、異常と思えるほどに強い言葉で言いたいことをすべて吐き出しました、そこにはおそらく自分の生い立ちや人生に対する計り知れないほどの怨念もあると思います、そして、帰りに二度も「イワン」を引き止めました、一度目は三千ルーブルの大金を目に焼き付けるため、二度目は「さようなら!」と別れの言葉です、切ないですね。
「明日までな!」
「イワン」はまた叫んで、小屋を出ました。
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