「でも、確かな話によると(中継収容所の所長自身がイワンに言ったそうですけど)、手際さえよければ大がかりな処罰はなくて、お小言くらいですむそうですからね。もちろん、その場合でも買収するなんて不正なことですけれど、そこまではもう僕も決して非難するつもりはありません。だって、大体、たとえばイワンとカーチャがこの問題で兄さんのために一働きしろと僕に頼んだとしたら、僕は出かけて行って、買収するにちがいないことはわかってますもの、これだけは本当のことを言っておかなけりゃなりません。だから、兄さん自身がどう振舞おうと、僕には裁く資格はないんです。わかってください、僕は決して兄さんを非難したりしません。それに、変じゃありませんか、この問題でどうして僕に兄さんを裁く資格があるんです? さあ、これですべて検討したようですね」
「イワン」は「中継収容所の所長」が「手際さえよければ大がかりな処罰はなくて、お小言くらいですむ」と言ったというのですが、常識的に考えてみたら、普通の囚人ならいざ知らずこれほどロシア全体の興味をひいた事件の犯人を脱走させたなら、それなりのお咎めがあると思いますが、この辺は少し無理があると思います。
「でも、その代り、俺が自分を非難するだろうよ!」
「ミーチャ」が叫びました。
「俺は脱走する。お前に言われなくとも、それは決っているんだ。ドミートリイ・カラマーゾフが脱走せずにいられるかっていうんだ? だが、その代り、自分で自分を非難して、一生涯、罪の赦しを祈ることだろう! イエズス会の連中はこんな言い方をするんだろう、そうだな? 今の俺たちみたいな、え?」
「そうです」
これはどういう意味でしょうか、わかりませんが。
「アリョーシャは静かに微笑しました。
「お前はいつもすべて真実だけを語って、何一つ隠しだてしないから、好きだよ!」
嬉しそうに笑いながら、「ミーチャ」は叫びました。
「してみると、アリョーシカがイエズス会の教徒だって尻尾を捕まえたわけだな! ご褒美に接吻してやらにゃな、そうとも! さ、それじゃ残りの話をきいてくれ、俺の魂のもう半分をひろげてみせるから。俺は考えに考えぬいて、こう決めたんだ。たとえ、俺が金やパスポートを揃えてアメリカへ脱走したとしても、俺をはげましてくれるのは、喜びや幸福を求めて脱走するんじゃなく、本当の話、おそらく向う(二字の上に傍点)にも劣らぬほどひどい、別の懲役につくためだ、という考えだよ! そう、本当のことを言って、流刑にも劣らぬくらいひどいだろうよ、アレクセイ! 俺はもう今から、畜生、あのアメリカなんて国を憎んでいるんだ。グルーシャがいっしょに来てくれたとしても、彼女を見てみろよ、あれがアメリカの女だろうか? 彼女はロシアの女さ、骨の髄までロシアの女なんだ、彼女は母なる大地を慕って嘆くだろう。そして俺は四六時中、彼女が俺のために嘆くのを、俺のためにそんな十字架を背負ったのを、見ることになるのさ、しかも彼女に何の罪があるだろう? それにこの俺が、アメリカの土百姓どもを我慢できるだろうか、たとえそいつらが一人残らず、俺より立派な人間かもしれないにせよさ? 俺は今からもうアメリカを憎んでいるよ! たとえあっちの連中が一人残らず、すぐれた技師か何かだとしたって、そんなやつらはくそ食らえだ。しょせん俺の仲間じゃないし、俺とは違う魂の持主なんだ! 俺はロシアを愛している、アレクセイ、俺自身はこんな卑劣漢でも、俺はロシアの神を愛しているんだ! そう、あんなところにいたら、俺は息がつまっちまうよ!」
これはそうですね、そのとおりロシアですね、文化が違うと言えばそうであり、遺伝子が違うのですね、自分の力ではどうしようもないものがそこにあるのですね。
突然、目をきらりと光らせて、彼は叫びました。
声が涙にふるえはじめました。
「だから、俺はこういうことに決めたよ、アレクセイ、きいてくれ!」
興奮を抑えて、彼はまた話しだしました。
「グルーシャと向うへ渡ったら、すぐにどこか、なるべく奥の、人里離れたところで、野生の熊を相手に畑仕事をして、働くんだ。向うにだって、どこか離れた奥の場所くらいあるだろうからな! なんでも、まだどこか、地平のはずれあたりに、インディアンがいるそうだから、その辺に行って、最後のモヒカン族の仲間入りするさ。そして彼もグルーシャも、すぐに文法の勉強にとりかかる。労働と文法、三年ばかりはそうするよ。その三年間で、どんなイギリス人にもひけをとらぬくらい、英語をマスターするんだ。すっかり身についたとたん、アメリカにはおさらばさ! アメリカ市民として、ここへ、ロシアへ帰ってくるよ。心配するな、この町へなんぞ現われないから。どこか北でも南でも、なるべく遠いところに身をひそめるつもりだ。そのころまでには、俺だって面変りしてるだろうし、彼女だってそうさ。アメリカにいる間に、俺は医者にいぼか何かを作ってもらうよ、やつらだって伊達に技術者じゃないんだからな。もしだめなら、自分で片目をつぶして、六、七十センチもある真っ白い顎ひげを生やすさ(ロシア恋しさに白髪にあるだろうからな)、そうすりゃきっと見破られまい。ばれたら、流刑にするがいいさ、どうせ同じことだ、つまりそうなる運命じゃないってことだからな! こっちへ帰ってからは、どこか奥深い田舎で大地を耕して、一生アメリカ人に化けとおすつもりだよ。その代り、祖国の大地の上で死ねるんだものな。これが俺の計画だよ。これは絶対に変らない。賛成してくれるかい?」
いい考えだと思いますが、前途多難だと思います、「ドミートリイ」もうまくいくとは思っていないかもしれません、ただしこれはこういう考えがなければこれからの行動ができないことだろうとは思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿