「お前はばかだな。おそろしくばかだ!」
「イワン」は意地になって言いました。
「もっと利口な嘘をつけよ。でないと、きいてやらないぞ。お前はリアリズムで俺を打ち負かして、お前が存在することを信じさせたいらしいが、お前が存在することなんぞ、俺は信じたくないんだ! 信ずるもんか‼︎」
「べつに嘘をついてるわけじゃない。すべて真実さ。残念ながら、真実ってやつはほとんど常に、ピントはずれなものだからね。見たところ、君はあくまでも僕に何か偉大な、ひょっとすると美しいものさえ期待してるようだね。実に残念だよ、だって無い袖は振れないもの・・・・」
「哲学をふつな、阿呆!」
これは「哲学」でしょうか、「イワン」は「悪魔」を自分の妄想だったとして認識したいのですが、「悪魔」は自分が実在することを証明したいわけですね、すべてが「イワン」の精神内部のことなのでわかりにくいのですが、つまり〈消し去りたい〉ということと〈存在し続けたい〉ということの対立でしょうか。
「右半身がすっかりしびれちまって、唸ったり、呻いたりしてるというのに、哲学どころじゃないよ。僕はありとあらゆる医者にかかってみたんだ。見立ては実に上手で、どんな病気でも掌(たなごころ)を指すように教えてくれるんだけど、治療は不得意なんだね。たまたまそこに感激家の学生が居合せたんだが、『かりに死んでも、あなたはどういう病気で死んだが、完全に知ることができるわけですね!』なんて言うんだからね。それにしても、専門家のところをたらいまわしするのが、あの連中の流儀なのさ。われわれは診断をするだけですから、これこれの専門家のところへいらっしゃい、その人なら癒してくれますから、とこうだよ。君だから言うけど、どんな病気でも癒してくれた昔の医者は、もうすっかり姿を消してしまったね。この節はもっぱら専門家ばかりで、やたらに新聞に書き立てられるからな。たとえば鼻の病気にかかってみたまえ、パリにやられるから。あそこならヨーロッパの専門家が鼻を治療してくれますよ、というわけだ。パリに行くと、その先生は鼻を診察して、右の鼻孔だけは癒してあげましょう、なぜって左の鼻孔はわたしの専門じゃないから、癒せませんしね、わたしの治療後ウィーンに行くんですな、あそこなら特別の専門家が左の鼻孔を癒してくれますよ、と言うだろうさ。いったいどうすりゃいいんだい? 僕は民間療法に頼ってみた。さるドイツ人の医者が、蒸風呂の棚に寝て塩をまぜた蜂蜜で身体をこすってみろと、すすめてくれたんでね。もっぱら、蒸風呂に一回余計に入るだけのつもりで行って、全身に塗りたくってみたけど、何の効目もありゃしない。やけになってミラノのマッティ伯爵に手紙を書いたら、本を一冊と水薬を送ってくれたけど、こいつもさっぱりだめさ。ところが、どうだろう、ホッフ(訳注 オランダの化学者)の麦芽エキス(訳注 栄養剤)が効いたんだからね! 何気なく買ってきて、一壜半ほど飲んだら、ダンスでも踊れるくらい、けろりと癒っちまったんだよ。こりゃせひとも新聞の《ありがとう》欄に投書しようと決心してね。感謝の気持につき動かされたんだ。ところが、どうだろう、今度は別の問題が起ってさ、どこの編集部でも受けつけてくれないんだ! 『あんまり復古調で、だれも信じてくれませんよ。悪魔なんてもう存在しませんからね。匿名で出したらどうです』と忠告する始末さ。匿名じゃ、《ありがとう》にならないよ。僕は事務員たちを相手に笑いながら言ってやったんだ。『現代で神を信ずるのなら復古調でしょうが、僕は悪魔なんですよ。悪魔ならかまわんでしょう』すると、『わかりますとも。悪魔を信じない人間なんていませんからね。でも、やはりだめです、社の方針を損ねかねませんからね。笑い話としてじゃ、いけませんか?』だとさ。笑い話じゃピントはずれになると思ってね。結局、載らずじまいさ。本当のことを言うと、それが心に残ってるくらいなんだ。早い話、感謝というような僕のいちばん美しい感情さえ、もっぱら僕の社会的地位のおかげで、正式に禁じられたわけだからね」
何でしょうこの長い無駄話は、つまり「悪魔」の実在を具体的に語って信じさせようとしているのでしょう、「マッティ伯爵」は誰なのかわかりません、「ホッフ」は「ヤコブス・ヘンリクス・ファント・ホッフ(Jacobus Henricus van 't Hoff, 1852年8月30日 – 1911年3月1日)はオランダの化学者。物理化学の分野で大きな功績をあげ、特に熱力学において「ファントホッフの式」を発見したことで知られる。これによって1901年に最初のノーベル化学賞を受賞した。この他、有機化学や反応速度論、化学平衡、浸透圧、立体化学に関する研究がある。」とのこと、「ホッフの麦芽エキス」のことはわかりませんでした。

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