「グリゴーリイ」は口をつぐみました。
何かをさとったかのようでした。
「純粋のアルコールをコップ一杯半もね、これは実にわるくありませんな、そうでしょうが? それなら庭へ出る戸口と言わず、《天国の扉が開いていた》のだって見えますね?」
腕利きの弁護士というのは、こういう皮肉な言い方をするのでしょうか、それによって陪審員たちの印象を操作しているのですね。
「グリゴーリイ」は終始無言でした。
また廷内を忍び笑いが流れました。
裁判長がかすかに身じろぎしました。
「あなたは正確には知らないんでしょう」
「フェチュコーウィチ」はますます食いさがりました。
「庭へ出る戸口が開いているのを見たとき、あなたは寝ぼけていたんでしょう、違いますか?」
ここで「あなたは寝ぼけていたんでしょう」と言っていますが、「酔っ払っていた」のではないのでしょうか、それとも弁護士はあえてその言葉を避けたのでしょうか。
「ちゃんと立ってましたよ」
「それだけではまだ、寝ぼけていなかったという証拠にはなりませんよ」
廷内にまた笑声が起りました。
「たとえばその瞬間、もしだれかがあなたに何かを、そう、たとえば今年は何年かと質問したら、あなたは答えられましたか?」
「そんなこと、わかるもんですか」
「じゃ、今年は紀元何年です、キリスト降誕後、ご存じありませんか?」
「グリゴーリイ」は迫害者をひたと見つめながら、まごついた顔つきで立っていました。
どうやら今年が何年であるかを彼が本当に知らぬらしいのが、実に奇妙な感じでした。
「それにしても、おそらくあなただって、自分の手に指が何本あるかはご存じでしょう?」
「わたしは奴隷にひとしい人間ですから」
突然「グリゴーリイ」が大声で歯切れよく言い放ちました。
「お上がわたしをからかうおつもりなら、我慢せねばなりません」
「フェチュコーウィチ」はいささか鼻柱をくじかれたようでしたが、裁判長もここで口をはさみ、もっと適切な質問をすべきであると、たしなめるように弁護人に注意しました。
「フェチュコーウィチ」はそれをきくと、上品に一礼し、自分の質問は全部終ったことを告げました。
傍聴人や陪審員の心に、特定の治療状態にあって《天国の扉を見た》可能性があるうえ、今年がキリスト降誕後何年であるか、それさえ知らぬような人間の証言に対して、一抹の疑惑が残りえたことは、言うまでもありません。
「フェチュコーウィチ」にとって有利な発言は三つも出てきましたね、①アルコールで酔っていた、②寝ぼけていた。③常識がない人物である、これら列挙によって、証言の信憑生を貶めることになりますね。
だから弁護人はやはり目的を達したのでした。
ところが、「グリゴーリイ」が退廷する前に、またエピソードが生じました。
裁判長が被告に向って、今の証言に関して何か言っておくことはないかと、たずねたのであります。

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