2019年1月3日木曜日

1008

「グリゴーリイ」は口をつぐみました。

何かをさとったかのようでした。

「純粋のアルコールをコップ一杯半もね、これは実にわるくありませんな、そうでしょうが? それなら庭へ出る戸口と言わず、《天国の扉が開いていた》のだって見えますね?」

腕利きの弁護士というのは、こういう皮肉な言い方をするのでしょうか、それによって陪審員たちの印象を操作しているのですね。

「グリゴーリイ」は終始無言でした。

また廷内を忍び笑いが流れました。

裁判長がかすかに身じろぎしました。

「あなたは正確には知らないんでしょう」

「フェチュコーウィチ」はますます食いさがりました。

「庭へ出る戸口が開いているのを見たとき、あなたは寝ぼけていたんでしょう、違いますか?」

ここで「あなたは寝ぼけていたんでしょう」と言っていますが、「酔っ払っていた」のではないのでしょうか、それとも弁護士はあえてその言葉を避けたのでしょうか。

「ちゃんと立ってましたよ」

「それだけではまだ、寝ぼけていなかったという証拠にはなりませんよ」

廷内にまた笑声が起りました。

「たとえばその瞬間、もしだれかがあなたに何かを、そう、たとえば今年は何年かと質問したら、あなたは答えられましたか?」

「そんなこと、わかるもんですか」

「じゃ、今年は紀元何年です、キリスト降誕後、ご存じありませんか?」

「グリゴーリイ」は迫害者をひたと見つめながら、まごついた顔つきで立っていました。

どうやら今年が何年であるかを彼が本当に知らぬらしいのが、実に奇妙な感じでした。

「それにしても、おそらくあなただって、自分の手に指が何本あるかはご存じでしょう?」

「わたしは奴隷にひとしい人間ですから」

突然「グリゴーリイ」が大声で歯切れよく言い放ちました。

「お上がわたしをからかうおつもりなら、我慢せねばなりません」

「フェチュコーウィチ」はいささか鼻柱をくじかれたようでしたが、裁判長もここで口をはさみ、もっと適切な質問をすべきであると、たしなめるように弁護人に注意しました。

「フェチュコーウィチ」はそれをきくと、上品に一礼し、自分の質問は全部終ったことを告げました。

傍聴人や陪審員の心に、特定の治療状態にあって《天国の扉を見た》可能性があるうえ、今年がキリスト降誕後何年であるか、それさえ知らぬような人間の証言に対して、一抹の疑惑が残りえたことは、言うまでもありません。

「フェチュコーウィチ」にとって有利な発言は三つも出てきましたね、①アルコールで酔っていた、②寝ぼけていた。③常識がない人物である、これら列挙によって、証言の信憑生を貶めることになりますね。

だから弁護人はやはり目的を達したのでした。

ところが、「グリゴーリイ」が退廷する前に、またエピソードが生じました。


裁判長が被告に向って、今の証言に関して何か言っておくことはないかと、たずねたのであります。


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