2019年3月21日木曜日

1085

「賛成します」

兄に反対したくなかったので、「アリョーシャ」は言いました。

「ミーチャ」はちょっと口をつぐみましたが、だしぬけに言いました。

「法廷じゃやつらにまんまと仕組まれたな? うまく仕組みやがって!」

「べつに仕組まなくとも、どっちみち有罪になったでしょうよ」

溜息をついて、「アリョーシャ」は言いました。

「そう、ここの連中の鼻つまみになったものな。あいつらなんぞどうだっていいけど、でもつらいよ!」

「ミーチャ」は苦悩をこめて呻きました。

また二人はしばらく黙りました。

「アリョーシャ、今すぐ思いきりをつけさせてくれ!」

突然、彼が叫びました。

「あの人はすぐに来るのか、来ないのか、どうなんだ! 何て言ってた? どう言ってた?」

「来ると言ったんですけど、すぐかどうかはわかりません。あの人だって苦しいんですよ!」

「アリョーシャ」はおずおずと兄を見ました。

「そりゃ、きまってるさ、苦しいにちがいないとも! アリョーシャ、それを思うと俺は気が狂いそうになるんだ。グルーシャはいつも俺を見張ってる。わかっているのさ。ああ、神さま、わたしの心を鎮めてください。俺が何を求めていると思う? カーチャを求めているんだ! 自分が何を求めているか、わかっているんだろうか? 神を恐れぬ、カラマーゾフ的な抑制のなさなんだ! だめだ、俺は苦悩には向いていないよ! 卑劣漢さ、それで言いつくされるんだ!」

「ほら、あの人です!」

「アリョーシャ」が叫びました。

この瞬間、突然「カーチャ」が戸口に姿を現しました。

一瞬、彼女は何か途方にくれたような眼差しで「ミーチャ」を見つめながら、立ちどまりました。

相手ははじかれたように立ちあがりました。

顔に怯えの色がうかび、蒼白になりましたが、すぐに赦しを乞うようなおどおどした微笑が口もとにちらと現われ、彼は突然、こらえきれずに両手を「カーチャ」の方にさしのべました。

それを見るなり、彼女はまっしぐらに彼の胸にとびこみました。

彼女は彼の両手をつかんで、ほとんどむりやり寝台に坐らせ、自分も隣に腰をおろすと、なおも彼の手を放さずに、しっかりと痙攣的に握りしめました。

どちらも何度か何やら言おうとしかけては、やめて、また無言のまま、異様な微笑をうかべながら、まるで金縛りになったようにじっと見つめ合っていました。

そのまま二分ほど過ぎました。

「赦してくれたの、それとも違う?」

やっと「ミーチャ」がもつれる舌で言い、そのとたんに「アリョーシャ」をふりかえって、喜びに顔をゆがめながら叫びました。

「俺が何をたずねているか、きいたか、きいたな!」

「あなたを愛していたのは、あなたが心の寛大な人だからよ!」

突然、「カーチャ」が口走りました。

「それにあなたにはあたしの赦しなぞ必要ないわ、あたしのほうこそ赦していただかなければ。赦してくださろうとくださるまいと、どうせこれから一生、あなたはあたしの心に傷痕として残るでしょうし、あたしはあなたの胸に残るんですもの。それでいいんだわ・・・・」

彼女は息を継ぐために言葉を切りました。

「あたしが来たのは何のためだと思って?」

彼女はせわしげに、狂おしく言いはじめました。

「あなたの足を抱き、あなたの手を握りしめるためなのよ。こんなふうに痛いほど。おぼえているでしょう、モスクワにいたころこんなふうに握りしめたものだったわ。それからふたたび、あなたはあたしの神だ、あたしの喜びだ、あたしは気も狂うほどあなたを愛している、と言うために来たのよ」

苦しみに呻くかのように彼女は言うと、いきなり彼の手にむさぼるように唇を押しあてました。

その目から涙がほとばしりました。

「アリョーシャ」はどぎまぎして、言葉もなく立ちつくしていました。

こんな光景はまったく予期していなかったのです。

「愛は終ったわ、ミーチャ!」

ふたたび「カーチャ」がしゃべりだしました。

「でも、あたしには、過ぎてしまったものが、痛いくらい大切なの。これだけは永久におぼえていてね。でも今、ほんの一瞬だけ、そうなったかもしれぬことを訪れさせましょうよ」

また嬉しそうに彼の目を見つめながら、ゆがんだ微笑をうかべて彼女は甘たるく言いました。

「今ではあなたもほかの人を愛しているし、あたしも別の人を愛しているけれど、でもやはり、あたしは永久にあなたを愛しつづけるわ、あなたもそうよ。それを知っていらした? ねえ、あたしを愛して、一生愛してね!」

何かほとんど脅しに近いふるえを声にひびかせながら、彼女は叫びました。

「愛すとも・・・・あのね、カーチャ」

一言ごとに息を継ぎながら、「ミーチャ」も口を開きました。

「知っているかい、五日前のあの晩だって、僕は君を愛していた・・・・君が倒れて担ぎだされたあのとき・・・・一生愛すとも! そうなるさ、永久にそうなるとも・・・・」

こんなふうにどちらも、ほとんど意味のない、狂おしい、ことによると嘘かもしれぬ言葉を互いにささやき合っていましたが、この瞬間にはすべてが真実であったし、彼ら自身がいちずに自分の言葉を信じていました。


謝ってすむことではありませんが、「カテリーナ」は「ドミートリイ」に謝って反省するものだと思っていましたが、そんな当たり前の展開ではありませんでした、そしてすばらしく感動的です、「ことによると嘘かもしれぬ言葉」がこの瞬間には「真実」であったのです、「ほとんど意味のない」とも書いていますが、作家が書くのは意味をもたせようとする言葉であると思いますが、自分が書いておきながら「ほとんど意味のない」と書くのは、ある意味で矛盾ではありますが、この場面ではそれがいきいきと描写されており、無意味にさえ意味があるように思えてきます。


2019年3月20日水曜日

1084

「でも、確かな話によると(中継収容所の所長自身がイワンに言ったそうですけど)、手際さえよければ大がかりな処罰はなくて、お小言くらいですむそうですからね。もちろん、その場合でも買収するなんて不正なことですけれど、そこまではもう僕も決して非難するつもりはありません。だって、大体、たとえばイワンとカーチャがこの問題で兄さんのために一働きしろと僕に頼んだとしたら、僕は出かけて行って、買収するにちがいないことはわかってますもの、これだけは本当のことを言っておかなけりゃなりません。だから、兄さん自身がどう振舞おうと、僕には裁く資格はないんです。わかってください、僕は決して兄さんを非難したりしません。それに、変じゃありませんか、この問題でどうして僕に兄さんを裁く資格があるんです? さあ、これですべて検討したようですね」

「イワン」は「中継収容所の所長」が「手際さえよければ大がかりな処罰はなくて、お小言くらいですむ」と言ったというのですが、常識的に考えてみたら、普通の囚人ならいざ知らずこれほどロシア全体の興味をひいた事件の犯人を脱走させたなら、それなりのお咎めがあると思いますが、この辺は少し無理があると思います。

「でも、その代り、俺が自分を非難するだろうよ!」

「ミーチャ」が叫びました。

「俺は脱走する。お前に言われなくとも、それは決っているんだ。ドミートリイ・カラマーゾフが脱走せずにいられるかっていうんだ? だが、その代り、自分で自分を非難して、一生涯、罪の赦しを祈ることだろう! イエズス会の連中はこんな言い方をするんだろう、そうだな? 今の俺たちみたいな、え?」

「そうです」

これはどういう意味でしょうか、わかりませんが。

「アリョーシャは静かに微笑しました。

「お前はいつもすべて真実だけを語って、何一つ隠しだてしないから、好きだよ!」

嬉しそうに笑いながら、「ミーチャ」は叫びました。

「してみると、アリョーシカがイエズス会の教徒だって尻尾を捕まえたわけだな! ご褒美に接吻してやらにゃな、そうとも! さ、それじゃ残りの話をきいてくれ、俺の魂のもう半分をひろげてみせるから。俺は考えに考えぬいて、こう決めたんだ。たとえ、俺が金やパスポートを揃えてアメリカへ脱走したとしても、俺をはげましてくれるのは、喜びや幸福を求めて脱走するんじゃなく、本当の話、おそらく向う(二字の上に傍点)にも劣らぬほどひどい、別の懲役につくためだ、という考えだよ! そう、本当のことを言って、流刑にも劣らぬくらいひどいだろうよ、アレクセイ! 俺はもう今から、畜生、あのアメリカなんて国を憎んでいるんだ。グルーシャがいっしょに来てくれたとしても、彼女を見てみろよ、あれがアメリカの女だろうか? 彼女はロシアの女さ、骨の髄までロシアの女なんだ、彼女は母なる大地を慕って嘆くだろう。そして俺は四六時中、彼女が俺のために嘆くのを、俺のためにそんな十字架を背負ったのを、見ることになるのさ、しかも彼女に何の罪があるだろう? それにこの俺が、アメリカの土百姓どもを我慢できるだろうか、たとえそいつらが一人残らず、俺より立派な人間かもしれないにせよさ? 俺は今からもうアメリカを憎んでいるよ! たとえあっちの連中が一人残らず、すぐれた技師か何かだとしたって、そんなやつらはくそ食らえだ。しょせん俺の仲間じゃないし、俺とは違う魂の持主なんだ! 俺はロシアを愛している、アレクセイ、俺自身はこんな卑劣漢でも、俺はロシアの神を愛しているんだ! そう、あんなところにいたら、俺は息がつまっちまうよ!」

これはそうですね、そのとおりロシアですね、文化が違うと言えばそうであり、遺伝子が違うのですね、自分の力ではどうしようもないものがそこにあるのですね。

突然、目をきらりと光らせて、彼は叫びました。

声が涙にふるえはじめました。

「だから、俺はこういうことに決めたよ、アレクセイ、きいてくれ!」

興奮を抑えて、彼はまた話しだしました。

「グルーシャと向うへ渡ったら、すぐにどこか、なるべく奥の、人里離れたところで、野生の熊を相手に畑仕事をして、働くんだ。向うにだって、どこか離れた奥の場所くらいあるだろうからな! なんでも、まだどこか、地平のはずれあたりに、インディアンがいるそうだから、その辺に行って、最後のモヒカン族の仲間入りするさ。そして彼もグルーシャも、すぐに文法の勉強にとりかかる。労働と文法、三年ばかりはそうするよ。その三年間で、どんなイギリス人にもひけをとらぬくらい、英語をマスターするんだ。すっかり身についたとたん、アメリカにはおさらばさ! アメリカ市民として、ここへ、ロシアへ帰ってくるよ。心配するな、この町へなんぞ現われないから。どこか北でも南でも、なるべく遠いところに身をひそめるつもりだ。そのころまでには、俺だって面変りしてるだろうし、彼女だってそうさ。アメリカにいる間に、俺は医者にいぼか何かを作ってもらうよ、やつらだって伊達に技術者じゃないんだからな。もしだめなら、自分で片目をつぶして、六、七十センチもある真っ白い顎ひげを生やすさ(ロシア恋しさに白髪にあるだろうからな)、そうすりゃきっと見破られまい。ばれたら、流刑にするがいいさ、どうせ同じことだ、つまりそうなる運命じゃないってことだからな! こっちへ帰ってからは、どこか奥深い田舎で大地を耕して、一生アメリカ人に化けとおすつもりだよ。その代り、祖国の大地の上で死ねるんだものな。これが俺の計画だよ。これは絶対に変らない。賛成してくれるかい?」


いい考えだと思いますが、前途多難だと思います、「ドミートリイ」もうまくいくとは思っていないかもしれません、ただしこれはこういう考えがなければこれからの行動ができないことだろうとは思います。


2019年3月19日火曜日

1083

「夕方にならなけりゃ来ないさ。カーチャが奔走していることを昨日話したとたんに、彼女は黙りこんじまって、唇をへの字に結んでたからな。『勝手にやらせとけばいい!』とつぶやいただけだった。事の重大さをさとったのさ。俺もそれ以上探りを入れるような真似はできなかったし。彼女だって今じゃ、あの人の愛してるのが俺じゃなく、イワンだってことを理解してるだろうに?」

「そうかしら?」

「アリョーシャ」はつい口走りました。

「たぶん、そうじゃないな。ただ、今朝は来ないよ」

「ドミートリイ」もわかっているのですね、何がどうわかっているのでしょう、「カテリーナ」がまだ自分を愛していることをか、そして彼女は「イワン」を本当に愛しているのではないことなのをか。

「ミーチャ」が急いでまた言いました。

「彼女に用事を一つ頼んだんだ・・・・なあ、イワンはだれよりも偉くなるぜ。生きていなけりゃいけないのは、あいつだよ、俺たちじゃない。あいつはきっと快くなるとも」

「ところがね、カーチャはイワン兄さんの容態が心配でならないくせに、全快することはほとんど疑ってもいないんですよ」

「アリョーシャ」が言いました。

「それはつまり、死ぬと思いこんでるってことさ。恐ろしいから、全快すると信じているまでの話だよ」

このあたりの二人の会話は機知に富んでいますね。

「兄さんは頑丈な体格ですからね。僕だって、全快してくれることを心から期待しているんですよ」

「アリョーシャ」は不安そうに言いました。

「うん、全快するだろう。でも、彼女は死ぬと信じてるのさ。悲しみの多い人だな・・・・」

沈黙が訪れました。

「カテリーナ」は「イワン」が死ぬと信じることによって、もし死んだとしたらその時の自分の悲しみを少なくしようとしているのでしょうか、仮にそうだとするとこれは自分のためにそう思うことであり、純粋に「イワン」の全快を信じているということではないですね、それがこの「沈黙」の意味ですね。

「ミーチャ」は何か非常に重大なことに悩んでいました。

「アリョーシャ、俺はおそろしくグルーシェニカを愛してるんだ」

突然、涙にみちたふるえ声で彼が言いました。

「あの人は向う(二字の上に傍点)へは行かせてもらえないんですよ」

すかさず「アリョーシャ」が食いさがりました。

「それからもう一つ、お前に言っておきたかったんだ」

ふいに一種のひびきを帯びはじめた声で、「ミーチャ」が言いました。

「もし途中でなり、向う(二字の上に傍点)へ行ってからなり、殴られるようなことがあったら、俺は泣き寝入りしないぜ。そいつを殺して、銃殺にされるさ。だって、それが二十年間もつづくんだからな! ここでももう、貴様(二字の上に傍点)よばわりしはじめてるんだ。看守が俺を貴様(二字の上に傍点)よばわりするんだよ。俺はゆうべも夜どおし横になって、反省していた。俺はまだ心構えができていないよ! 聞き流していられないんだ! 《讃歌》をうたおうとしてみたが、看守の貴様よばわりは堪えられない! グルーシェニカのためなら、どんなことでも我慢したいところだけど、やっぱり、殴られるのだけは別だよ・・・・でも、彼女は向う(二字の上に傍点)へは行かせてもらえないんだな」

この「殴られる」や「貴様」という言い方の部分は、たいへん重要で貴重な内容だと思います、このようなことは現在になっても全く進歩していないわけであって、ことの重大さすら見過ごされていることです、たぶん後何十年か何百年か時代が進めば解決するのではないかと思います。

「アリョーシャ」は静かに微笑しました。

「兄さん、一遍だけ言わせてください」

彼は言いました。

「その点についての僕の考えはこうです。僕が嘘をつかないことは、兄さんだって知っているでしょう。きいてください。兄さんはまだ心構えができていないし、それにそんな十字架は兄さんにはふさわしくないんです。そればかりじゃなく、心構えのできていない兄さんに、そんな大殉教者のような十字架は必要ないんですよ。もし兄さんがお父さんを殺したのだったら、兄さんが自分の十字架を拒否することを僕は残念に思ったでしょう。でも、兄さんは無実なんだから、そんな十字架はあまりにも重すぎますよ。兄さんがたとえどこへ逃げようと、一生涯その別の人間のことを常におぼえてさえいれば、それで十分なんです。兄さんが大きな十字架の苦しみを引き受けなかったことは、心の内にいっそう大きな義務を感ずるのに役立って、その絶え間ない感覚が今後一生の間、ことによると向う(二字の上に傍点)へ行く以上に、自分の復活の助けになるかもしれませんよ。なぜなら、向う(二字の上に傍点)へ行けば兄さんは堪えきれずに、泣き言を言うだろうし、ひょっとすると最後には本当に『これでおあいこだ』なんて言いだすかもしれませんからね。この点だけは弁護士の言ったとおりです。だれもがつらい重荷を背負えるわけじゃなく、人によっては堪えきれぬものです・・・・もし僕の考えがききたいなら、こんなところですね。仮に兄さんの脱走について、将校とか兵卒とか、ほかの人が責任に問われるとしたら、僕は脱走を《許可しない》でしょうけれど」

「アリョーシャ」は苦笑しました。

ここで「脱走」についての「アリョーシャ」の考えが述べられています、簡単に言えば、人に迷惑かけなければOKということですね。


「アリョーシャ」は「この点だけは弁護士の言ったとおりです」なんて言っていますが、(1073)で「フェチュコーウィチ」が言った「これで、おあいこだ、これから何一つ借りはないし、だれにも永久に負い目はない」と「そのときには彼も『これでおあいこだ』などと言わず、『俺はすべての人に対して罪があるし、だれよりも値打ちのない人間なんだ』と言うでしょう」という部分です、そこだけは正しく、それ以外は評価しないというわけですね。


2019年3月18日月曜日

1082

二 一瞬、嘘が真実になる

彼は現在「ミーチャ」が入院している病院へ急ぎました。

判決後二日目に、「ミーチャ」は神経性の熱病にかかり、ここの市立病院の囚人病棟に送りこまれたのでした。

しかし、医師の「ワルヴィンスキー」は、「アリョーシャ」やその他多くの人々(ホフラコワ夫人やリーザなど)の頼みをきいて、「ミーチャ」を囚人たちといっしょではなく、一人だけ別に、かつて「スメルジャコフ」が入っていた小さな個室に入れてくれました。

もっとも、廊下のはずれには看守が立っていましたし、窓には格子がはまっていましたから、「ワルヴィンスキー」もさほど合法的とは言えぬ自分の甘やかしに対して、安心していられたのですが、それにしても同情心の厚い善良な青年でした。

表現するのが面倒なむずかしい微妙なことまであえて書き加えるという姿勢はここでもあらわれています。

彼は、「ミーチャ」のような人間にとって、いきなり人殺しや詐欺師の仲間入りするのがどれほどつらいか、それにはまず慣れる必要があることを、理解していたのであります。

身内や知人の見舞いは、医者からも、看守からも、警察署長からさえも、ごく内々に許されていました。

しかし、この数日、「ミーチャ」を見舞ったのは、「アリョーシャ」と「グルーシェニカ」だけでした。

すでに二度も「ラキーチン」が面会しようと奔走していましたが、「ミーチャ」は彼を入れぬよう、くれぐれも「ワルヴィンスキー」に頼みました。

「アリョーシャ」が入って行ったとき、「ミーチャ」は熱がいくらかある様子で、酢を混ぜた水にひたしたタオルを頭に巻きつけ、病衣のまま寝台に腰かけていました。

入ってきた「アリョーシャ」を彼はぼんやりした眼差しで眺めましたが、その眼差しにやはり一種の不安がちらとうかんだかのようでした。

概して、あの裁判以来、彼はひどく瞑想的になりました。

ときによると三十分くらい黙りこみ、そばにいる人の存在も忘れて、何事か苦しげに、思いつめた様子で考えているように見えることもありました。

瞑想からさめて、話しだすとしても、いつもなにか唐突に、それもきまって、本当に話さねばならぬこととは違う話をはじめるのでした。

ときおり、苦悩をこめて弟を見つめることもありました。

「アリョーシャ」といるより、「グルーシェニカ」を相手にしているほうが、気楽そうでした。

もっとも、彼女とはほとんど話をしないのですが、彼女が入ってくると、とたんに顔が喜びにかがやきました。

「アリョーシャ」は無言のまま、兄の寝台にならんで腰をおろしました。

この日、彼は不安な思いで「アリョーシャ」を待っていたのですが、何一つたずねる勇気が出ないのでした。

「カーチャ」が見舞いを承諾するなど、考えられぬことと思ってはいたものの、同時に一方では、もし彼女が来てくれなければ、何かまったく信じられぬような事態になるだろうと、感じてもいたのであります。

「アリョーシャ」には兄の気持がわかっていました。

「トリフォンのやつな」

ここで、先ほどの「ドミートリイ」の台詞「瞑想からさめて、話しだすとしても、いつもなにか唐突に、それもきまって、本当に話さねばならぬこととは違う話をはじめるのでした。」が鮮やかに生きてきますね、この伏線がなければ物語の連続性が途切れます。

「ミーチャ」がそわそわして言いました。

「あいつ、自分の宿屋をすっかりぶっこわしちまったそうだ。床板を上げたり、羽目板をはがしたり、《回廊》をばらばらにしたりしたんだとさ。宝探しをやってるんだよ。俺があそこに隠したなんて検事が言ったもんで、例の千五百ルーブルを探しまわってるのさ。村へ帰るなり、すぐにそんな醜態を演じはじめたそうだ。あの詐欺師め、自業自得だよ! ここの看守が昨日話してくれたんだ。あの村の出なんでね」

「あのね」

「アリョーシャ」は言いました。

「あの人は来てくれますよ。でも、いつ来るかはわからないけど。今日かもしれないし、あるいは二、三日中か、それはわからないけど、来てくれます。来てくれますよ。それは確かです」

「ミーチャ」はびくりとふるえ、何か言おうとしかけましたが、黙っていました。

この知らせはおそろしい効目がありました。

どうやら、会話の詳細をせつないほど知りたくてならないのですが、今すぐたずねるのをまたしても恐れているらしい様子でした。

今この瞬間の彼には、「カーチャ」からの何か冷酷な侮蔑的な一言でも、ナイフの一撃にひとしかったにちがいありません。

「それから話のついでに、あの人が言ってましたよ。脱走のことで必ず僕が兄さんの良心を安心させるようにって。もしそのときまでにイワンが快くならなかったら、あの人がみずからこの仕事に取り組むそうです」

「その話はもうお前がしてくれたじゃないか」

考えこむように「ミーチャ」が言いました。

「じゃ、兄さんはもうグルーシェニカに伝えたんですね」

「アリョーシャ」が言いました。

「うん」

「ミーチャ」は白状しました。

「彼女は今朝は来ないよ」


彼はおずおずと弟を見ました。


2019年3月17日日曜日

1081

「今日あなたをおよびしたのも、ご自分であの人を説得してみせると約束していただくためにですのよ。それとも、あなたのお考えでは、脱走なんてやはり不正な、ほめられないことでしょうかしら、それとも何というか・・・・キリスト教的ではないことでしょうか?」

「カテリーナ」は極端に言えば「ドミートリイ」を有罪にした張本人であるにもかかわらず、脱走を進めるという矛盾した行動をとっています、彼女の内部はいったいどうなっているのでしょうか、このままでは精神的に破綻してしまうのではないでしょうか。

いっそう挑戦的に「カーチャ」は言い添えました。

「いいえ、べつに。僕はすべて兄に話してみます・・・・」

「アリョーシャ」はつぶやきました。

「兄が今日あなたに来ていただきたいと言っているのですが」

突然、しっかり彼女の目を見つめながら、彼は口走りました。

彼女はびくりと全身をふるわせ、ソファの上でわずかに身をひきました。

「あたくしに・・・・そんなこと、できるはずがないじゃありませんか?」

蒼白になって、彼女は舌足らずに言いました。

「できますとも、そうなさるべきです!」

すっかり元気づいて、「アリョーシャ」は粘り強く言いはじめました。

「兄には、まさに今、あなたがぜひ必要なんです。もし必要がなかったら、僕はこんな話を持ちださなかったでしょうし、前もってあなたを苦しめるような真似はしなかったでしょう。兄は病気なんです。気が違ったみたいになって、始終あなたを連れてきてくれと頼んでいるのです。べつに仲直りするために頼んでいるわけじゃなく、ただあなたがいらして、敷居の上に姿を見せてくださりさえすればいいんです。あの日以来、兄はずいぶん変りました。あなたに対して数えきれぬくらい罪を犯したことを、兄はわかっているのです。赦していただこうと思っているのではありません。『俺を赦すことなんか、できないよ』自分でもそう言っています、ただあなたが敷居のところに姿を見せてくださるだけでいいんです・・・・」

「そんな、だしぬけに・・・・」

「カーチャ」が舌足らずに言いました。

「この何日かずっと、あなたがいつかそう言って見えるだろうと、予感してはいましたけれど・・・・あの人がよぶだろうってことは、ちゃんとわかっていました!・・・・むりですわ、そんな!」

「むりでも、なさってください。兄がはじめて、どんなにあなたを侮辱したかに気づいて、ショックを受けていることを、思い起してください。生れてはじめてなんです、今まで一度としてこれほど完全に理解したことはなかったんですから! 兄は言っています。もしあなたが来るのを断ったら、『今後一生、俺は不幸になるんだ』って。いいですか、懲役二十年の流刑囚がまだ幸福になるつもりでいるんですよ、これが哀れじゃありませんか? 考えてもみてください。あなたが訪問なさるのは、無実の罪で滅びた人間じゃありませんか」

ここでは「アリョーシャ」は「脱走」のことを棚上げして話していますね、それとも「脱走」は「脱走」で別の次元のことであり、やるべきことにひとつひとつ切りをつけようとしているのかもしれません。

挑むような言葉が「アリョーシャ」の口をついて出ました。

「兄の手は汚れていません、血に染まってはいないんです! 兄のこれからの数限りない苦悩のために、今こそ見舞ってやってください! 行って、闇の中に兄を送りだしてやってください・・・・戸口に立つだけでいいんです・・・・あなたはそうすべきなんです、そうする義務がある(五字の上に傍点)んです!」

「アリョーシャ」は信じられぬほどの力で《義務がある》という言葉を強調して、結びました。

「行くべきでしょうけれど・・・・でも、できませんわ」

「カーチャ」が呻くように言いました。

「あの人はじっと見つめるでしょうし・・・・あたくし、行けませんわ」

「二人の目が合わなければいけないんです。もし今決心なさらなかったら、これからの一生をどう生きていらっしゃるおつもりですか?」

まさしく、このあたりは、作者が「アリョーシャ」に乗り移って喋っているように思います。

「一生苦しみぬくほうがましですわ」

「いらっしゃらなければいけません、いらっしゃる義務がある(五字の上に傍点)はずです」

ふたたび「アリョーシャ」が容赦なく強調しました。

「でも、なぜ今日、なぜ今すぐにですの? 病人を置いて行くわけには・・・・」

「ちょっとの間くらい大丈夫です。ほんのちょっとの間じゃありませんか。あなたがいらしてくださらなければ、兄は今夜までに高熱を出すでしょう。僕は嘘は言いません、同情してやってください!」

「あたくしのほうこそ同情していただきたいわ」

「カテリーナ」は悲痛に責めて、泣きだしました。

「じゃ、つまり、来てくださるんですね!」

彼女の涙を見て、「アリョーシャ」が断固として言い放ちました。

「あなたがすぐ来てくださると、兄に言いに行ってきます!」

「だめ、絶対におっしゃらないで!」

「カテリーナ」がぎょっとして叫びました。

「あたくし伺います、ですけど前もっておっしゃたちなさらないで。だって、伺いますけど、ことによると、中へ入らないかもしれませんし・・・・まだわかりませんもの・・・・」

彼女の声がとぎれました。

呼吸が苦しそうでした。

「アリョーシャ」は帰るために席を立ちました。

「もし、だれかと出会ったりしたら?」

ふたたび蒼白になって、彼女がふいに低い声で口走りました。

「向うでだれにも会わぬようにするためにも、今すぐでなければいけないんです。今ならだれも来ません、これは確かに言えることです。じゃ、お待ちしてますから」

彼はだめを押すように言って、部屋を出ました。

「アリョーシャ」が人に対してこれほど強引な発言をするのには驚きました、人格が変わったように思えます、今までは正しいことを口にしてもそれが拒絶されたら一歩引いて、別の方法で対処するような人間だったような印象がありましたが、今回の駄々っ子のような強引さはそれだけの理由があるからなんでしょうが。


このような押し問答をしつこいくらい書いていることも驚きますが、最後の最後になってまで、このような内容で押し進めようとする作家の気力に敬服します。


2019年3月16日土曜日

1080

「カーチャ」が「アリョーシャ」にこんな告白をしたことは、いまだかつて一度もありませんでしたので、彼は、今の彼女がまさしく、このうえなく傲慢な心でさえ苦痛とともに自己の傲慢さを粉砕し、悲しみに打ち負かされて倒れるほどの、堪えきれぬ苦悩にとらえられていることを感じました。

おお、「ミーチャ」の判決後のこの数日間、彼女がどんなに隠そうとしても、「アリョーシャ」には今の彼女の苦しみの、もう一つの恐ろしい原因がわかっていました。

しかし、もし彼女が意を決してひれ伏し、今すぐ自分からその原因を語りはじめたとしたら、なぜか彼はあまりにも苦痛だったにちがいありません。

彼女は法廷での自分の《裏切り》のために苦しんでいるのでした。

法廷でのこの《裏切り》は大衆の前であきらかに実行されたことですので、「カテリーナ」はそのことを隠すのではなく自問自答して総括し、善後策をとるべきだと思います、自分が「ドミートリイ」に対して良心的であろうとすれば、今からでも真実を話すことに力を注いだ方がいいのではないでしょうか。

そして「アリョーシャ」は、彼女の良心が涙をうかべ、泣き叫び、ヒステリーを起し、床に頭を打ちつけながら、ほかならぬ彼「アリョーシャ」の前で、彼女に詫びさせようとしているのを、予感していました。

しかし、彼はその瞬間を恐れ、苦しんでいる彼女を赦してやりたいと望んでいました。

それだけに、自分の持ってきた頼みが、いっそうむずかしいものになってきました。

彼はまた「ミーチャ」のことを話題にしました。

「大丈夫、大丈夫ですとも、あの人のことなら心配いりませんわ!」

「カーチャ」はまた語気鋭く、頑なに言いだしました。

「あの人は何事もほんのしばらくの間だけですもの。あたくし、あの人をよく知っているんです、あの人の心なら知りすぎるくらい知っていますわ。きっと脱走に同意しますから、信じていらして大丈夫ですわ。何より、今すぐというわけじゃありませんもの。まだ決心する時間はあります。そのころまでにはイワン・フョードロウィチも全快なすって、万事みずから取りしきってくださるでしょうから、あたくしは何もせずにすみそうですわ。ご心配なく、きっと脱走に同意しますとも。それに、もう同意してるも同じですわ、あの売女を置いて行かれるもんですか? あの女は流刑地について行かせてもらえないんですもの、あの人だって脱走するほか仕方がありませんでしょう? それに何よりもあの人、あなたを恐れているんです、あなたが道徳的な面から脱走に賛成しないだろうと、それを恐れているんですわ。でも、あなたのご裁可がそれほど必要だとしたら、あなたは寛大にそれを許可(二字の上に傍点)してあげなければいけませんわ」

「カーチャ」は毒のある口調で言い添えました。

彼女はちょっと黙り、せせら笑いました。

「あの人はあそこで」

ふたたび彼女は話しはじめました。

「なにやら讃歌だの、自分が背負っていかねばならぬ十字架だの、なにかの義務だのと、そんなことばかり言ってますのね。あたくし、おぼえています。あの日イワン・フョードロウィチがその話をいろいろと伝えてくださいましたのよ。あの方の話しぶりを、あなたに知っていただけたらと思いますわ!」

突然「カーチャ」は感情を抑えきれずに叫びました。

「あたくしにその話をしてくださったその瞬間、あの方がどんなに不幸な兄を愛していたか、そしておそらく同じその瞬間、どんなに憎んでいたか、あなたにわかっていただけたら! それなのにあたくしは、ああ、あのときあたくしは、あの方の話や涙を、傲慢な嘲笑をうかべながらきいていたんです! ああ、売女! あたくしこそ売女ですわ! あの方の譫妄症はあたくしのせいなんです! それにしても、あの有罪になった男は、苦悩する覚悟ができているんでしょうか」

苛立たしげに「カーチャ」は結びました。

「それに、あんな人に苦しむことができるものかしら? 彼みたいな人間は決して苦しまないものですわ!」

その言葉にはすでに何か憎しみと、汚らわしげな軽蔑の感情がひびいていました。

しかし、実際には、その彼女が彼を裏切ったのでした。

『たぶん兄に対してすまないと感じていればこそ、ときおり憎くなるのだろう』

「アリョーシャ」はひそかに思いました。

それが《ときおり》だけのことであってほしく思いました。


「カーチャ」の最後の数語に彼は挑戦をききとりましたが、受けようとしませんでした。


2019年3月15日金曜日

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「もちろん、あの方はあのときあなたには隠したんですわ。まさしくこの脱走計画が原因でしたのよ。あの三日前にあの方が要点を全部あたくしに打ち明けてくださったんですけど、その間に喧嘩がはじまって、それ以来三日間ずっと喧嘩しつづけていたんです。喧嘩などしたのも、もし有罪になったらドミートリイ・フョードロウィチをあの売女といっしょに国外へ逃がそうと、あの方が言ったので、あたくしが突然かっとなったからですわ。なぜかは申しません。自分でも理由はわかりませんもの・・・・ええ、もちろん、その時はあたくし、あの売女のことでかっとなったんですわ、つまり、あの女までドミートリイといっしょに国外へ逃げるってことに対してです!」

「カテリーナ」はまだ「グルーシェニカ」のことを「売女」などと言っているのですね、彼女はあきらかに「ドミートリイ」に嫉妬しているのですが、それを自分で認めたくないのですべてを「グルーシェニカ」のせいにしています、これはまだ「ドミートリイ」に愛情があるということです、自分ではわかっているのにそうでないと言い聞かせているのでしょう。

突然「カテリーナ」は怒りに唇をふるわせて叫びました。

「あのときイワン・フョードロウィチは、あたくしがあの売女のことでかっとなったのを見たとたん、すぐに、あたくしがドミートリイをめぐってあの女に嫉妬している、してみると相変らずドミートリイを愛しつづけているのだ、と思ったんです。それで最初の喧嘩が起ったんですわ。あたくし、弁解する気にもなれませんでしたし、詫びることもできませんでしたの。だって、あれほどの人が、あの男へのあたくしの愛情が今までと変らないと疑ったりするなんて、つらかったんですもの・・・・しかも、そのずっと以前に、あたくしは自分ではっきり、ドミートリイなぞ愛していない、愛しているのはあなただけだって、あの方に言ったというのに! あたくしはただ、あの売女に対する憎しみから、あの方に腹を立てただけなんです! その三日後、あなたがいらしたあの晩、あの方は密封した封筒を持ってらして、もし自分の身に何か起ったら、すぐ開封するようにと、おっしゃいましたの。そう、ご病気を予感してらしたのね! あの方は、封筒の中に詳細な脱走計画が入っているから、もし自分が死ぬとか、重病になるとかした場合には、あたくし一人でミーチャを救出するようにと、打ち明けたんですの。そのときにお金を一万ルーブル近く、あたくしに預けたんです。あの方が現金に換えたのを検事がだれかから聞きこんで、論告の中で言及した、あのお金ですわ。あたくし突然、イワン・フョードロウィチが相変らずあたくしに嫉妬して、あたくしがミーチャを愛していると信じながら、それでも兄を救おうという考えを棄てずに、その救出の仕事をほかならぬこのあたくしに託そうとなさっていることに、ひどく心を打たれてんです! そう、これは犠牲ですもの! いいえ、これほどの自己犠牲はあなたには完全におわかりになりませんわ、アレクセイ・フョードロウィチ! あたくしは敬虔な気持であの方の足もとにひれ伏そうとしかけたんですけれど、でも、ミーチャを救えるのをあたくしが喜んでいるとしか受けとってくれないだろうと思うと(きっとそう思うにきまってますもの!)、あの方がそんな間違った考えをいだくかもしれぬという、そのことだけでひどく苛立って、また癇癪を起してしまったものですから、あの方のの足に接吻する代りに、またぞろあんな一幕を演じてしまったんですわ! ああ、あたくしって不幸な女! そういう性格なんです、とってもいやな、不幸な性格ですわ! ええ、見ていてごらんなさい、あたくしってこんなふうにしていて結局、もっと気楽につきあえるほかの女のためにあの方も、ドミートリイと同じように、あたくしを棄てるような羽目にしてしまうんです、でもそのときは・・・・そう、そうなったら、もう堪えられませんわ、あたくし自殺します! あの晩あなたがいらしたので、あなたに声をかけ、あの方にも戻るように言ったとき、あの方があなたといっしょに部屋に入ってきたとたん、ふとあたくしを眺め憎悪と軽蔑の眼差しに、あたくし思わずかっとなってしまって、おぼえてらっしゃるでしょう、あたくし突然あなたに向って、お兄さまのドミートリイが犯人だと言い張っているのはこの人よ、この人だけ(九字の上に傍点)なのよ、叫びましたわね! あたくし、もう一度あの方を傷つけてやるために、わざと中傷したんです。だってあの方は、兄が犯人だなんて、ただの一度もおっしゃったことはありませんでしたもの。反対に、あたくしのほうがそう言い張っていたんです! ああ、何もかも、何もかも、あたくしの気違いじみた怒りが原因なんです! 法廷でのあの呪わしい一幕を用意したのも、あたくしですわ! あの方は、自分が高潔な人間であり、たとえあたくしがお兄さまを愛していても、やはり復讐や嫉妬から兄を破滅させたりはしないということを、あたくしに証明しようとなさったんです。だから、出廷なさったんですわ・・・・何もかもあたくしが原因なんです、あたくし一人がわるいんです!」

この会話の中で「・・・・あれほどの人が、あの男へのあたくしの愛情が今までと変らないと疑ったりするなんて」と言っていますが、これはまだ未練があるということを自分で言っていることになります、つまり「変わらない」という表現のことです。

「イワン」も「ドミートリイ」の脱走計画をなぜ「カテリーナ」に託したりするのでしょう、これは不自然です。

この中で「カテリーナ」は法廷で「ドミートリイ」を陥れた発言について、その理由を述べています、まず「イワン」は彼女が「ドミートリイ」を愛していると誤解しており、彼女に彼を助けさせようとしたのですが、このことにどうして彼女は「ひどく心を打た」れたのでしょうか、その心情がまったくわかりませんが、それは「自己犠牲」だと彼女は言っています、なぜそうなるのか理屈がわかりません、そして彼女は「イワン」の足元にひれ伏したい気持ちになったのでが、そうすればさらに誤解されることがわかっているので、そのことで苛ついたので法廷であの発言をしたとのことですが、わかりません。


「カテリーナ」は結局、自分と「イワン」のことだけしか考えていないようですね。