「ドミートリイ」は何やらほとんど憤りに近い表情で立ちあがりました。
そして、ふいに酔払いのようになりました。
目が急に血走ってきました。
「で、兄さんは本当にあの人と結婚するつもりなの?」と「アリョーシャ」。
「先方がその気になってくれりゃ、すぐにするし、いやなら、今のままさ。彼女の家の門番にでもなるよ。おい・・・なあ、アリョーシャ」と「ドミートリイ」はだしぬけにアリョーシャの前に立ちどまると、その肩をつかんで、力いっぱい揺すりはじめました。
そして「お前は純粋な坊やだから、わからんだろうが、これはすべて、悪夢なんだ。考えもつかぬような、悪夢なんだよ、なぜなら、これは悲劇だからさ!知っておいてくれ、アリョーシャ、俺は卑しい堕落した情欲に身をこがす卑しい人間になることはあっても、こそ泥だの、すりだの、空巣だのには、このドミートリイ・カラマーゾフは絶対になれないはずなんだ。ところが今こそ、ちゃんと知っといてくれ、この俺はこそ泥で、すりで、空巣ねらいなんだよ!ちょうど俺がグルーシェニカをぶん殴りに行く前、その日の朝、カテリーナが俺をよんで、当分だれにも知られないようにと、ひどく秘密めかしく(どうしてかは知らんよ、きっとそうする必要があったんだろうな)、県庁所在地の町へ行って、そこからモスクワにいる姉のアガーフィヤに三千ルーブルを書留で送ってくれるように頼んだんだよ。その町へ行くのは、ここで知られたくないからなんだ。その三千ルーブルを懐ろにして、俺はそのときグルーシェニカのところへ行ったんだし、モークロエへ遠征してきたのもその金でなのさ。そのあと俺は、町へ行ってきたふりをしたものの、書留の受取りは示さずに、金は送った、受取りはいずれ持ってくると言ったまま、いまだに持っていってないんだ。忘れちゃった、なんて言ってさ。さて、お前はどう思うね、今日お前が行って、彼女に『よろしくとのことでした』と言えば、彼女は『で、お金は?』ときくだろう。お前はさらにこう言ってもいいんだぜ。『兄は低劣な色気違いです、感情を抑えられない卑しい人間なんです。あのとき、兄はあなたのお金を送らずに、使っていまったんです。それも動物みたいに、自制することができなかったからなんですよ』でも、やはりこう付け加えてもいいところだな。『その代り、兄は泥棒じゃありません、ほら、ここに三千ルーブルあります、兄が返してよこしたんです、ご自分でアガーフィヤに送ってください。兄からは、よろしくとのことでした』ってな。ところが今度は突然、彼女がきくだろうよ。『で、お金はどこにあるんですの?』ってさ」
ここで「ドミートリイ」は自分ではどうしようもないことに遭遇していますね。
「グルーシェニカ」に会って「・・・雷がとどろいたようなもんさ、ペストにかかったんだよ。感染して・・・」と言う「ドミートリイ」は「グルーシェニカ」に結婚を申し込んで「・・・「先方がその気になってくれりゃ、すぐにするし、いやなら、今のままさ。彼女の家の門番にでもなるよ・・・と言います。
そして、このようなことは「悪夢」だと。
つまり、自分から進んでそこに行ったのではなく、どこかわからないところから突然、不意にやってきた何かなんですね。
そして、この部分がすばらしいです。
「俺は卑しい堕落した情欲に身をこがす卑しい人間になることはあっても、こそ泥だの、すりだの、空巣だのには、このドミートリイ・カラマーゾフは絶対になれないはずなんだ」と言っていた「ドミートリイ」が「・・・この俺はこそ泥で、すりで、空巣ねらいなんだよ!」と変化してしまうところです。
このようなことに類したことは、程度の違いこそあれ誰もが何度も経験したことがあり、それが言語化されずに心の奥底で眠っている場合もあり、通り過ぎていってしまうこともあるでしょう。
「ドミートリイ」は若い「アリョーシャ」にこのことを「・・・ちゃんと知っといてくれ・・・」と、こんなこともあるんだよと、念を押して教えてあげるのです。
「ドミートリイ」が散財した三千ルーブルは「カテリーナ」が姉の「アガーフィヤ」に送ろうとしたものだったのですが、この町からではなく県庁所在地の町から送るようにということは、たぶん「カテリーナ」が送ったと思わせないようにということであり、それは緊急性がないということであり、「ドミートリイ」はそう思ったから散財したのかもしれません。
また、「ドミートリイ」の散財は、「カテリーナ」からひどい人間だと思わせて去らせるようにしむけるためというのもあるかもしれません。
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