「実はね、リーズ」
ふいに彼女の前に立ちどまると、彼はつづけました。
「僕のほうがへまをやったんですよ、でもそのへまも結果的にはよかったんですけどね」
「どんなへまを、どうしてそれがよかったの?」
「だって、あれは臆病な、性格の弱い人なんですよ。すっかり疲れきってしまっただけで、とても善良な人なんです。僕は今、どうしてあの人があんなに突然怒りだして、お金を踏みにじったのか、ずっと考えているんですよ。なぜって、本当のことを言うと、あの人だって最後の一瞬まで、まさか自分がお金を踏みにじるとは知らなかったんですものね。あの人はあの場合いろいろなことが気にさわったように思うんです・・・・それに、あの人の立場ではそれでなければ嘘ですしね・・・・だいいち、あの人は僕の前であまりお金を嬉しがって、それを僕に包み隠さなかったことに腹を立てたんです。かりに喜んだにせよ、そう手放しにではなく、態度に出さないで、ほかの人たちみたいに鷹揚にかまえて、お金を受けとる際にも渋い顔の一つもしてみせられるなら、まだ我慢して受けとることもできたでしょうけれど、あの人はそうじゃなく、あまり真正直に喜びすぎたので、それが癪にさわったんですよ。ああ、リーズ、あの人は真正直な、善良な人間なんです。また、こういう場合の厄介な点がすべて、まさしくそこにあるわけですけれどね! あの人は、話している間ずっと、弱々しい、衰弱しきったような声だったし、しゃべるのも恐ろしく早口で、のべつ何やら卑屈な笑い声を立てたり、すっかり泣いてしまったりでね・・・・本当に泣いていましたよ、それほど感激したんですね・・・・自分の娘さんたちの話をしたり・・・・ほかの町でありつけそうな就職口のことを話したりで・・・・心の内をすっかりさらけだしてしまったとたん、ふいに僕なんぞに心の中をすっかり示したことが恥ずかしくなったんですね。だから、とたんに僕を憎んだというわけです。あの人はひどく羞恥心の強い貧乏人の一人なんですね。何よりもあの人は、あまりお手軽に僕を親友扱いして、あっさり僕に降参してしまったのが、癪にさわったんです。だって、僕に食ってかかって、凄んでみせたかと思えば、お金を見るなり、今度はふいに僕を抱擁しかかったりしたんですものね。だってあの人は僕を抱擁して、両手でのべつさわっていたんですもの。それとそっくり同じ形で、あの人は屈辱を味わわなければならなかった、ところがそこへお誂えむきに僕がへまを、それも非常に重大なへまをやってのけたってわけです。ほかでもありません、僕は藪から棒に、もしほかの町へ引っ越すのにお金が足りなければ、もっともらえるだろうし、僕自身も自分のお金の中からいくらでもあげますなんて言ってしまったんですよ。これが突然あの人にショックを与えたんです。いったいなぜ、この僕までが跳ねあがって援助を申し出たりするのか、というわけです。わかりますか、リーズ、侮辱されつづけの人間にとって、みんなが恩着せがましい目で自分を見るようになるってのは、おそろしくつらいものなんですよ・・・・僕はそういう話をきいたことがあります、長老が話してくれたんです。どう言えばいいかわからないけど、僕自身もよくそういうことを見かけますしね。それに僕自身も、たしかにそう感じますよ。何より肝心なのは、たとえあの人が最後の一瞬まで、お金を踏みにじることなど夢にも思わなかったにしても、やはりそれを予感していたってことですよ、これはもう確かです。予感していたからこそ、感激もあんなに強烈だったんですね・・・・だから、万事が実にぶざまに終ったにせよ、やはりいいほうに向うでしょうね。いいばんいい結果に向うだろうと、僕は思いますよ、これ以上いい結果はありえなかったです・・・・」
つまり「スネギリョフ」は喜びすぎて恥ずかしくなったということでしょうが、それならば、話の途中で何とかなりそうなものですが、最後まで喋っていることに違和感があります。
しかし、作者は「何より肝心なのは、たとえあの人が最後の一瞬まで、お金を踏みにじることなど夢にも思わなかったにしても、やはりそれを予感していたってことですよ、これはもう確かです」と「アリョーシャ」に言わせており、これで先ほどの違和感が吹っ飛びます。
「スネギリョフ」は、話している時に自分の愚かさに気づいていて、それでも最後まで喋りつづけ、最後に感情を爆発させたのですね。
0 件のコメント:
コメントを投稿