2017年8月1日火曜日

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会話の最後で「リーズ」と呼びかけた「ホフラコワ夫人」の会話のつづきです。

娘の部屋の戸口に歩みよりながら、彼女は叫びました。

「あなたにあんなに侮辱を受けたアレクセイ・フョードロウィチをお連れしましたよ、でもちっとも怒ってらっしゃらないばかりか、むしろ反対に、どうしてあなたがそんなことを考えたのか、おどろいてらっしゃるくらいよ、本当ですとも!」

「ありがとう、ママ。どうぞお入りになって、アレクセイ・フョードロウィチ」

「アリョーシャ」は部屋に入りました。

「リーズ」はなにかはにかんだように見つめ、ふいに耳まで真っ赤になりました。

どうやら何か恥ずかしがっているらしく、そういう際の常として、まるきり無関係なよそごとを、まるで今の瞬間その無関係なことにだけ関心があるかのように、おそろしく早口で話しだしました。

作者は、人間というものはこういう場合は往々にしてこうした態度をとるものだという微妙な感覚を説明しながら描写していますね。

「ママがね、アレクセイ・フョードロウィチ、だしぬけに今、例の二百ルーブルの件と・・・・それからその貧しい将校さんのところへあなたにお使いをおねがいしたことを、すっかり話してくれましたわ・・・・そして、その将校さんが侮辱を受けたときの恐ろしいいきさつも全部。もっともママの話し方はひどく取りとめがないんですけど・・・・のべつあっちへ跳んだりこっちへ移ったりして・・・・でも、あたし、話をきいて、泣いてしまいましたわ。で、どうしたの? そのお金を渡してくださった? 今その不幸な人はどうしていますの?」

「実はそれが、渡せなかったんですよ、話せば長くなりますけど」

「アリョーシャ」は、自分もまた金を渡さなかったことがいちばん気がかりであるかのように答えましたが、それにもかかわらず「リーズ」は、彼もわきの方ばかり眺めており、どうやらやはり無関係なよそごとを話そうと努めているらしいことを、はっきりと見ぬきました。

ここで、「自分もまた金を渡さなかったことがいちばん気がかりであるかのように答えましたが」と言っていますが、少し後でわかることですが、「アリョーシャ」は明日になればお金を受け取ると思っているのですし、そのことは確かに「いちばん気がかり」ではないのです、また、本当にいちばんの気がかりは「リーズ」との恋愛の駆け引きであり、第一義的にはその伏線としてこの表現はあるのでしょうが。

「アリョーシャ」はテーブルの近くに坐って話しはじめましたが、最初の数言で照れくささをすっかり感じなくなり、今度は逆に「リーズ」の興味をひきつけました。

強烈な感情と、つい先ほどの異常な感銘に支配されたまま話したので、客観的に上手に話すことができました。

「アリョーシャ」は話し方が相当上手なのですね、相手の気持ちを引き寄せることが得意のようです。

以前まだモスクワにいて、「リーズ」が子供だったころにも、彼はよく彼女を訪ねては、自分の身に最近起ったことや、読んだものの話をしたり、自分の少年時代の思い出話をしたりするのが好きでした。

時にはいっしょに空想したり、二人がかりで物語を作ったりしたことさえありましたが、それらはたいていこっけいな楽しい物語でした。

今は二人とも、ふいに二年前のモスクワ時代に返ったかのようでした。

「リーズ」は彼の話に異常なほど心を打たれました。

「アリョーシャ」が熱烈な感情をこめて彼女の前に「イリューシェチカ」の人間像を描きだしてみせたからです。

あの不幸な男が金を踏みにじった情景を、微細にわたって話し終えると、「リーズ」は両手を打ち合せ、感情を抑えきれずに叫びました。

「それじゃお金を渡さずに、そのまま逃げ去らせてしまったわけね! まあ、せめてあとを追って、追いつくなりなさればよかったのに・・・・」

「いや、リーズ、追わなくてかえってよかったんですよ」

「アリョーシャ」は言って、椅子から立ちあがり、気づかわしげに部屋の中を歩きました。

「どうしてよかったの、どこがよかったのかしら? それじゃその人たち、パンも買えなくて、死んでしまうじゃないの!」

「死にませんよ、なぜってこの二百ルーブルはしょせん、あの人たちを素通りしっこないんですから。明日になれば、どのみちあの人はこのお金を受けとるんです。明日になればきっと受けとってくれますとも」

考えに沈んで歩きつづけながら、「アリョーシャ」は言いました。


ここでも「アリョーシャ」は自分の考え通りに事が運ぶと思っていますね、自分の希望的観測が実現することを信じているようです。


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