2017年7月31日月曜日

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第五編 プロとコントラ(訳注 ラテン語で肯定と否定、賛否を意味する)

一 密約

またしても「ホフラコワ夫人」が、真っ先に「アリョーシャ」を出迎えてくれました。

ということは、「アリョーシャ」は「カテリーナ」の家ではなく、「ホフラコワ夫人」の家に「カテリーナ」がまだいると思っているのですね。

彼女はあたふたしていました。

何か重大なことが起ったのです。

「カテリーナ」のヒステリーは気絶で一段落しましたが、そのあと「恐ろしいひどい衰弱に見舞われましてね。床につくなり、目を閉じて、うわごとを言いはじめましたのよ。今はひどい熱なので、ヘルツェンシトゥーベ先生や、叔母さまたちを迎えにやったところですの。叔母さまたちはもうお見えになってらっしゃいますけれど、ヘルツェンシトゥーベ先生はまだなんです。みんなしてあの人のお部屋に集まって、待っているところですわ。何か、事が起きそうですわ、まるで意識がないんですもの。もし熱病にでもなったら!」

こう叫びながら、「ホフラコワ夫人」は深刻に怯えた顔つきをしていました。

「これはもう深刻な事態ですわ、深刻です!」

まるで、これまでに起ったことはすべて深刻ではなかったかのように、彼女は一言ごとにこう付け加えるのでした。

「アリョーシャ」は沈痛な面持で彼女の話をきき終えました。

自分のほうの事件も話そうとしかけたのですが、最初の数言で彼女にさえぎられました。

彼女は忙しかったのです。

彼女は「リーズ」の相手をしてくれるよう、そして「リーズ」のところで自分を待っていてくれるよう頼みました。

「いえね、アレクセイ・フョードロウィチ」彼女はほとんど耳打ちに近いようなささやき声で言いました。「あたくし今リーズにひどくおどろかされましたの、でも感動させられもしましたわ、ですから心ではあの子のすべてを赦しておりますの。だってね、あなたがお出かけになるとすぐ、あの子はだしぬけに、昨日と今日あなたをからかったみたいだと、そりゃ真剣に後悔しはじめるじゃございませんか。でも、あの子はからかったわけではなく、ちょっとふざけただけですわ。それなのに、涙を浮べんばかりに、あんまり真剣に後悔するものですから、あたくしびっくりしてしまいましたの。これまでは、あたくしをからかったようなときでも、一度として真剣に後悔したことなぞなく、いつも冗談にまぎらせておりましたのに。あなたもご存じのとおり、あの子はのべつあたくしをからかってばかりおりますのよ。それが今度は真剣なんですの、今度ばかりは何もかも真剣ですのよ。あの子はあなたのお考えをとても高く評価しておりますわ、アレクセイ・フョードロウィチ、ですから、できますことなら、あの子に腹をお立てになったり、わるくお思いになったりなさらないでくださいましな。あたくし自身も、結局はあの子を大目に見てやりますのよ。だってとても利口な子ですものね、そうじゃございませんこと? 今も、あなたとは幼な友達だなどと申しましてね。《いちばんまじめな幼な友達》なんですって。察してやってくださいませな、いちばんまじめなお友達なのに、あたしときたら、というわけですの。あの子はこういう点にかけては、とてもまじめな気持や、記憶さえ持っておりますのよ。何より肝心なのは、あの子の言いまわしや言葉で、まるきり予想もしていないような思いがけない言葉が、ひょいと出てまいりますのね。たとえば、ついこの間も松の木のことで、こんなことを申しましたわ。あの子のごく幼いころ、うちの庭に松の木がございましたのよ、たぶん今もあるはずですから、何も過去形で話す必要はございませんわね。松は人間と違って、いつまでも変りませんもの、アレクセイ・フョードロウィチ。あの子はこう申しましたわ。『ママ、あたしあの松の木が記憶にまつわりついてならないの』つまり、《まつ(二字の上に傍点)がまつ(二字の上に傍点)わりつく》というわけですのね。あの子は何かもっと別の表現をしましたっけ。だって、何ですか混同してしまって、松なんて愚かしい言葉ですもの。ただ、あの子は何かそんなふうなことで、あたくしなぞにはとうてい伝えられぬような独創的なことを言ったものですわ。でも、みんな忘れてしまいました。では、またのちほど。あたくし、すっかりショックを受けてしまって、どうやら気が変になりそうですわ。ああ、アレクセイ・フョードロウィチ、これまでにあたくし二度も気が変になりかけて、治療を受けたことがございますのよ。リーズのところへ行ってやってくださいませ。あの子を元気づけてやってくださいませな、あなたはいつだってとてもお上手なんですもの。リーズ」

簡単に言えば「ホフラコワ夫人」は「リーズ」が「アリョーシャ」のことを大事に思っていることを伝えたかったのでしょう。


そして、「昨日と今日あなたをからかった」ことを後悔しているというのですから「リーズ」の手紙のことだと思いますが、気を悪くせずに「リーズ」を元気づけてくださいということですね。


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