「ばかなことを言ってしまいましたけど、でも・・・・」
「ほら、そのでも(二字の上に傍点)ってのが問題なんだよ・・・・」
「イワン」が叫びました。
「いいかい、見習い僧君、この地上ではばかなことが、あまりにも必要なんだよ。ばかなことの上にこの世界は成り立っているんだし、ばかなことがなかったら、ひょっとすると、この世界ではまるきり何事も起らなかったかもしれないんだぜ。われわれは知るべきことはちゃんと知っているんだよ」
「アリョーシャ」の「ばかなことを言ってしまいましたけど、でも・・・・」は先ほど「銃殺です!」という発言を反省してのことです。
しかし「イワン」は揚げ足をとるように、その「ばかなことの上にこの世界は成り立っている」と言います。
現実におこっているばかなことの全体が世界ということですね。
「兄さんは何を知ってるんです?」
「俺には何もわからないよ」
「イワン」はうわごとでも言うようにつづけました。
「それに今は何もわかりたくないしな。俺はあくまでも事実に即していたいんだ。だいぶ前から理解なんぞしないことに決めたんだよ。何事かを理解しようとすると、とたんに事実を裏切ることになってしますんで、あくまでも事実に即していようと決心したんだ・・・・」
ここでは「知る」と「わかる」が区別されています。
「知る」ことは見、聞き、知り情報を得るとことで、「わかる」ことは理解し、論理的に理屈をつけることです。
「兄さんは何のために僕を試したりするんです?」
「アリョーシャ」ははげしい感情をこめて悲痛に叫びました。
「最後に話してくれるんでしょうね?」
「もちろん言うとも。言うために、話をこうやって運んできたんだからな。お前は俺にとって大切な人間だから、お前を手放したくないし、ゾシマ長老なんぞに引き渡しはしないぜ」
「イワン」はしばし沈黙しました。
その顔はふいにひどく愁わしげになりました。
「まあ、きいてくれ。俺は、より明白にさせるために、子供ばかり例にあげたんだよ。地表から中心までこの地球全体にしみこんでいる、ほかの人間たちの涙については、もう一言も言わない。俺はわざとテーマを狭めてみせたんだ。俺は南京虫にもひとしい人間だから、何のためにすべてがこんな仕組みになっているのか、さっぱり理解できないってことを、謙虚に認めるよ。つまり、わるいのは人間自身なのさ。天国を与えられていたのに、不幸になるのを承知の上で、自由なんぞを欲し、天上の火を盗んだんだからな。つまり、人間なんぞ憐れむことはないってわけだ。ああ、俺の考えでは、俺のみじめな地上的、ユークリッド的頭脳では、俺にわかるのは、苦しみが現に存在していること、罪びとなどいないこと、すべては単純直截にそれからそれへと派生し、すべてが流れて釣り合いを保っていることくらいだよ。しかし、これだってユークリッド的なたわごとにすぎないんだ。なにしろ俺はそのことを知っているんだし、そんなたわごとに従って生きていくことには同意できないんだからな! 罪びとがいないからといって、そして俺がそれを知っているからといって、そんなことが俺にとって何になるというんだ-俺に必要なのは報復だよ、でなかったら俺はわが身を滅ぼしてしまうだろう。
ここで、「イワン」の話をいったん切ります。
突然「報復」という言葉が出てきました。
「イワン」はこの地球上で起こっていることすべてに納得がいかないのですね。
そして、自分を納得させるためには「報復」しかないと思っているのですが、「報復」の具体的な意味がここではまだわかりません。
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