彼がこう話している間ずっと、わたしはまっすぐその顔を見つめていたが、ふいにこの男に対してきわめて強い信頼感と、そのうえさらに並みはずれた好奇心とをおぼえた。
男の心の奥に何か特別な秘密が存するのを感じたからだ。
「敵に赦しを乞うた瞬間、いったい何を感じたかというおたずねですけれど」
わたしは答えた。
「むしろ、そもそもの発端からお話しするほうがいいでしょう、これはまだほかの人たちには話していないのですが」
そしてわたしは、アファナーシイとの一件や、地べたに額をつけて従卒にあやまったことを、すっかり話してきかせた。
「これでおわかりになるでしょうが」
わたしは話を結んだ。
「決闘のときはもう気持が楽だったのです。なぜって、発端はわが家で起ったのですからね。いったんこの道に踏みこみさえすれば、あとはすべて、むずかしくないばかりか、むしろ嬉しく楽しいくらいでした」
きき終ると、彼はとても嬉しそうにわたしを見つめて、言った。
「今のお話は何もかも実に興味深うこざいました。これからもまた伺わせていただきます」
そして、それ以来ほとんど毎晩のようにやってくるようになった。
だから、もし彼が自分についても語ってくれたら、わたしたちは非常に親しくなれたはずだった。
だが、自分に関する話はほとんど一言もせず、いつもわたしのことばかりくわしくたずねるのだった。
にもかかわらず、わたしは彼をすっかり好きになり、どんな感情も包み隠さぬほど信頼した。
この人の秘密を知って何になろう、そんなものを知らなくとも、真正直な人であることはわかるではないか、と考えたからである。
そのうえ、きわめてまじめな人で、年齢もかけ離れているのに、若僧のわたしのところに通ってきてくれ、いやな顔も見せないのだ。
それに、知性の高い人だったから、わたしはいろいろと有益なことを彼から学びとった。
「人生が楽園であるということは」
だしぬけに彼は言った。
「わたしももうずっと以前から考えているんです」
そしてふいに、「そのことばかり考えているんです」と付け加え、わたしを見つめて微笑した。
「その点はあなた以上に確信しているんですよ、理由はいずれおわかりになるでしょうが」
わたしはそれをきいて、心ひそかに思った。
「この人はきっとわたしに何かを打ち明けたいのだ」
彼は言った。
「楽園はわたしたち一人ひとりの内に秘められているのです。今わたしの内にもそれは隠れていて、わたしさえその気になれば、明日にもわたしにとって現実に楽園が訪れ、もはや一生つづくんですよ」
見ると、彼は感動をこめて語り、まるで問いかけるように、秘密めかしくわたしを見つめている。
彼はつづけた。
「人はだれでも自分の罪業にほかに、あらゆる人あらゆる物に対して罪があるということですが、これはまったくあなたのお考えが正しいので、そうしてあなたが突然この考えをこれほど完璧にいだかれたのか、ふしぎなくらいです。人々がこの考えを理解したとき、天の王国がもはや空想の中でではなく、現実に訪れるというのは、間違いなく本当ですよ」
「でも、いったいいつ」
ここでわたしは愁いをこめて叫んだ。
「それは実現するのでしょう、それにいつかは実現するものでしょうか? 単に夢にすぎないのじゃありませんか?」
ここで切りますが、この神秘的な男は、罪の意識を自覚したときに楽園が訪れるということを信じています。
「ゾシマ長老」はその壁を乗り越えたようなのですが、まだ楽園の確信はなく自信なさそうです。
しかし、彼は頭ではわかっていてもまだそこまで到達しておらず、一歩手前にいるのですね。
0 件のコメント:
コメントを投稿