2017年11月28日火曜日

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(D)神秘的な客

それはすでに永年この町で奉職し、有力な地位を占めて、みなに尊敬されている裕福な人物で、慈善家としてきこえ、養老院や孤児院に巨額の寄付をし、そのほかにも、数々の善行を匿名でひそかにしていたことが、死後すべて明らかにされた。

年は五十くらいで、きびしいと言ってよいほどの顔つきをし、いたって無口だった。

結婚して十年たらずで、まだ若い夫人との間に幼い子供が三人あった。

翌晩、わたしが家にこもっていると、ふいにドアが開いて、ほかならぬその紳士が入っていたのである。

断わっておかねばならないが、そのころわたしが暮していたのは、もう以前の下宿ではなく、辞表を出すとすぐ、ほかに移って、官吏の未亡人である老婦人のところに、身のまわりの世話もしてもらう条件で部屋を借りていた。

この下宿への引っ越しも、あの日、決闘から帰るとすぐアファナーシイを中隊に送りかえしてしまったからにすぎず、それというのも、前夜のあんな仕打ちのあとで彼の目を見るのが恥ずかしくてならなかったのである-それくらい、心の未熟な俗世の人間は自分の正しい行いさえ恥ずかしく思いがちなのだ。

言いたいことはわかりますが、なんだかよくわからない文章ですね。

「わたしは」

入ってきた紳士が言った。

「もう何日もいろいろなお宅であなたのお話をたいへん興味深くうかがってきたのですが、とうとう、もっとくわしくあなたとお話しするために、直接お近づきになりたいという気を起したのです。こんな厚かましい頼みをきいていただけるでしょうか?」

「ええ、喜んで。たいへんな名誉と思います」と言ったものの、内心はほとんど怯えていた。

それほど、そのときの彼は一目見るなりわたしをおどろかせたのである。

なぜなら、わたしの話をきいて興味を示す人はあっても、こんなに真剣な、きびしい内面的な様子を見せてわたしに近づいた人は、これまで一人もいなかったからだ。

そのうえこの人は自分からわたしの下宿にやってきたのである。

彼は腰をおろした。

「わたしはあなたの中に」

彼はつづけた。

「偉大な性格の力を見るのです。なぜなら、あなたが自己の真実のために、みんなから一様に軽蔑される危険をおかすような問題で、真理に奉仕することを恐れなかったからです」

「そのおほめの言葉はあまり大仰にすぎるかもしれませんね」

わたしは言った。

「いえ、大仰なもんですか」

彼は答えた。

「本当の話、ああいいう行為をなさるのは、あなたが考えておられるより、はるかにむずかしいものですよ。実はわたしは」と彼はつづけた。

「まさにその点に心を打たれてのですし、こちらへ伺ったのもそのためなんです。ことによると無作法すぎるかもしれぬ、わたしの好奇心にお腹立ちでなかったら、決闘の場で赦しを乞おうと決心なさった瞬間、いったいどんな感じだったか、もし覚えていらしたら、お話しいただけませんでしょうか? こんな質問を軽薄とおとりくださいませんように。それどころか、こんな質問をいたしますには、自分なりのひそかな目的があるのです。それは後日、神さまの思召しでわたしたちがもっと親しくなれましたら、きっと説明いたします」


ここで切ります。


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