町の社交界でも、ほとんど同じことが起こった。
以前は特に目立つ存在でもなく、ただ歓迎されるだけだったのに、今や突然だれもが先を争ってわたしと知合いになりたがり、自分の家に招くようになった。
わたしという人間を笑いながらも、愛してくれるのだった。
ここで断わっておくが、決闘の一件は当時だれもがおおっぴらに話していたものの、当局はこの事件を伏せてしまった。
それというのも、わたしの相手がわれわれの将軍の近い親戚だったし、事件が流血沙汰にならず、いわば冗談のような形ですんだうえ、わたしも辞表を出したため、本当に冗談ということにされたのである。
そこでわたしも、笑われるのもかまわず、何の心配もなくおおっぴらに話すようになった。
やはり悪意のある笑いではなく、好意的なものだった。
こうした会話はたいてい夜会の、婦人たちの席で交わされた。
そのころはむしろ女性のほうが好んでわたしの話をきき、男たちにもきかせようとしたのである。
「でも、すべての人に対してわたしが罪を犯しているなんて、そんなことがありうるでしょうか?」
だれもが面と向ってわたしをからかった。
「たとえば、あなたに対してわたしが罪を犯しているなんてことが、はたしてあるんでしょうか?」
「あなた方にどうしてわかるものですか」
わたしは答えた。
「なにしろ全世界がもう久しい以前から違う道に踏みこんでしまって、真っ赤な嘘を真実と思いこみ、ほかの人たちにもそういう嘘を求めているんですから。現にわたしが一生に一遍、ふいに思い立って誠実な行為をしたというのに、どうです。あなた方みんなにとって、わたしはまるで神がかり行者にひとしくなったじゃありませんか。わたしに好意をいだいてくださりはしても、やはりわたしを笑っているじゃありませんか」
彼と彼のまわりとの関係は、完全な尊敬の心ではなく、どこかで笑い者にしており微妙ですね。
そうでなければ、笑うということはあり得ません。
彼が「わたしはまるで神がかり行者にひとしくなったじゃありませんか」というように、ある意味で喜劇役者のように周囲から一定の距離感を置いて見られています。
「でも、あなたのような方を愛さずににはいられますかしら?」
女主人が声をあげて笑った。
その夜会は人が大勢だった。
ふと見ると、婦人たちの中から一人に若い女性が立ちあがった。
その女性こそ、あのときわたしが決闘を申し込んだ原因であり、ついこの間まで未来の花嫁に予定していた人であったのに、わたしは彼女がこの夜会に来たことに気づきもしなかったのだ。
彼女は席を立って、わたしに歩みより、片手をさしのべて言った。
「失礼ではございますが、わたしく、あなたを笑ったりしない最初の人間であることを申しあげます。それどころか、あのときのあなたの行為に、わたくし涙ながらに感謝して、敬意を捧げておりますの」
そこへ彼女の夫もやってきた。
さらにみんなが突然わたしのほうに殺到し、キスせんばかりだった。
わたしはとても嬉しくなったが、そのとき突然、やはりわたしのほうに歩みよってきた、もうかなり年輩の、一人の紳士に、だれよりも注意をひかれた。
それまでにも名前は知っていたけれど、近づきになったことはなく、この晩まで言葉を交わしたことさえない人だった。
ここで切ります。
「ゾシマ長老」の話したこととされて「アリョーシャ」が書いた文章ですが、文章の進め方がこの小説の他の部分に比べると荒いように思います。
これは「アリョーシャ」が自分の記憶用に書いた文章だから作者が意図的にそうしたのかもしれませんね。
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