「わかっていただけますか」
なおも蒼白な笑みをうかべながら、彼は答えた。
「最初の一言を言うのが、どんなにつらかったか。言ってしまった今は、道が開けたような気がします。この道を進みますよ」
「この道」とは何でしょうか。
わたしは永いこと彼の話を信じられず、やがては信じたものの、それとて彼が三日も通って細部にいたるまで話してくれたあとでだった。
わたしは彼を狂人かと思ったが、最後には結局、深い悲しみとおどろきをおぼえながら、信ぜざるをえなかった。
彼は十四年前、さる美しい裕福な婦人で、田舎の領地から出てきたときのためにこの町に自分の邸宅を構えていた地主の未亡人に対して、実に恐ろしい大罪を犯したのだった。
その女性に熱烈な愛をおぼえて、彼は恋を打ち明け、結婚してくれと口説きにかかった。
だが、女性はすでにほかの男に心を捧げていた。
相手は地位も低くない高貴な軍人で、当時は出征中だったが、女は間近な帰還を待ちわびていた。
彼のプロポーズはしりぞけられ、家に出入りせぬよう申し渡された。
出入りをやめたあと、彼は家の間取りを知っていたので、ある夜、大胆不敵にも、人に見とがめられる危険をおかして、庭から屋根を乗りこえて彼女のところへ忍んで行った。
ところが、きわめてよくある例で、度はずれな大胆さで行われる犯罪ほど、成功する場合が多いものだ。
たしかにそうかもしれませんね。
しかし、以下の犯罪は大胆です。
天窓から屋根裏に入ると、梯子段伝いに彼女の居室におりた。
梯子のはずれにあるドアが、召使だちのずさんさからいつも錠がおりているとは限らぬことを知っていたからだ。
そのときもこうした不注意を当てにしていたのだが、狙いはまんまと当った。
居室に忍び入ると、暗闇の中を、燈明一つともっているだけの彼女の寝室に入りこんだ。
お誂えむきに、小間使は二人とも、同じ通りにある近所の家へ、名の日の祝宴にこっそり無断で出かけていた。
あとの召使や女中たちは、階下の女中部屋や台所で眠っていた。
女の寝姿を見ると情欲が燃えあがったが、つづいて復習と嫉妬の憎しみが心をとらえ、酔払いのようにわれを忘れて近寄るなり、心臓にもろにナイフを突き立てたので、女は悲鳴もあげなかった。
彼は彼女に会いに行ったのではなく、はじめから殺す目的で侵入したのですね。
そのあと、犯罪者特有の狡猾な計算で、召使に嫌疑がかかるように仕組んだ。
女の財布を盗むこともいとわず、さらに枕の下からぬきとった鍵で箪笥を開け、中からいくつかの品を、それも無知な召使の仕業に見えるよう、盗みとった。
つまり、有価証券はそのままにして、現金だけ取ったり、なるべく大きな金製品をいくつか取って、十倍も高価だが小さな品は放っておいたりしたのだ。
そのほかにも記念に持ち帰った品はあるのだが、それについてはあとで話そう。
この恐ろしい犯行を終えると、先ほどと同じ方法で外に出た。
翌日、騒ぎの持ち上がったときも、その後もずっと、だれ一人この真の凶悪犯に疑いをかけることなど考えもしなかった!
それに、彼の恋はだれも知らなかったからである。
なぜなら、彼は日ごろから無口で打ちとけぬ性格だったし、心を打ち明けるべき友人もいなかったからだ。
彼は被害者の単なる知人、それもさほど親しくない知人と見なされていた。
というのも、最後の二週間ほどは訪問してもいなかったからである。
ここで切りましょう。
召使や小間使いが事情を知らないのは、おかしいですね。
いくら口止めされていても、主人が殺されたのですから話すのではないかと思いますが。
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