「申しわけありませんが、わたしどもはそういう仕事を手がけておりませんので」
「ミーチャ」はふいに足の力がぬけていくのを感じました。
「それじゃわたしはどうすりゃいいんです、サムソーノフさん」
青ざめた笑いをうかべながら、彼はつぶやきました。
「だって、それじゃわたしは破滅ですよ、どうお考えです?」
自分本位な言い方ですね。
「申しわけありませんが・・・・」
「ミーチャ」は突っ立ったまま、身じろぎもせずにひたと相手を見つめていましたが、突然、老人の顔に何かがちらと動いたのに気づきました。
後でわかるのですが、これは「サムソーノフ」が「ドミートリイ」を引っ掛けてやろうという意地悪な考えが浮かんだ瞬間でしょう、さすがに「ドミートリイ」は敏感なだけあってこういう兆候に気づいてはいるのですが、みずから素直な性格のためそれを疑うことはしないのですね。
彼は身ぶるいしました。
「ご承知のように、そういう仕事はわたしどもには向きませんのでな」
老人がゆっくりつぶやきました。
「やれ裁判だ、弁護だと、まったく厄介なことで! しかし、なんでしたら、そういう男が一人おりますから、それに話してごらんないさいまし・・・・」
「何ですって、それはだれです! おかげで生き返りましたよ、サムソーノフさん」
ふいに「ミーチャ」が舌足らずな口調で言いました。
「その男は土地の者じゃありませんし、それに今ここにいるわけでもないんです。百姓の生れで、森の売買をやっているんですがな、綽名をセッターというんですよ。もう、かれこれ一年ばかりフョードル・パーヴロウィチと、チェルマーシニャの、あなたの言われるその森の取引きにかかっているんですが、値段が折り合わんのですよ。たぶんおききになったことがあるでしょうに。今ちょうどその男がまたやってきて、イリインスキー神父のところに滞在しているんです。ヴォローヴィヤ駅から十二キロほどありますかな、イリインスコエ村にですよ。ここへ手紙をよこして、ほかならぬその用件で、つまりその森のことで知恵をかしてほしいと言ってきましたっけ。フョードル・パーヴロウィチはみずから出かけてゆくそうですよ。ですから、もしフョードル・パーヴロウィチの先を越して、今わたしに話されたことをセッターに提案なさってみれば、ひょっとして・・・・」
ここで「・・・・知恵をかしてほしいと言ってきましたっけ。」と「・・・・出かけてゆくそうですよ。」という翻訳者の表現は見事に彼を騙そうとしている「サムソーノフ」の心理をあらわしていますね。
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