2018年2月18日日曜日

689

「そりゃ名案だ!」

「ミーチャ」が感激してさえぎりました。

「その男に限ります、その男ならまさに打ってつけだ! 買いたいけれど、値が高い、そこへまさにその森の権利書が入るわけですからね、は、は、は!」

そして「ドミートリイ」は突然、まったく思いがけなく、日ごろの短い、抑揚のない笑い声をたてたので、「サムソーノフ」でさえ頭をびくりとふるわせたほどでした。

「ドミートリイ」の「日ごろの短い、抑揚のない笑い声」だという「・・・・は、は、は!」はどういう感じの笑い方なのでしょうか、「サムソーノフ」でさえ頭をびくりとふるわせたほどとわざわざ書かれていますので、よほど特徴があるのでしょう、たぶん他人の前での笑い方ではなく、彼本来の素朴な笑い方が思わず漏れたという意味なのでしょう、そして「サムソーノフ」が驚いたのは彼の度外れた単純さなのでしょう。

「まったく何てお礼を申しあげたらよいか、サムソーノフさん」

「ミーチャ」は勢いこんで言いました。

「とんでもない」

「サムソーノフ」は頭をさげました。

「しかし、おわかりにならないでしょうが、あなたはわたしを救ってくださったのです。やはり、こちらに伺ったのはいい勘でした・・・・それじゃ、その神父さんのところへ行ってみます!」

「お礼には及びませんですよ」

「大急ぎで、とんで行きます。ご病気のところをお騒がせしました。一生忘れません、これはロシア男子の言葉ですぞ、サムソーノフさん、ロシア男子の!」

「なるほど」

「ミーチャ」は老人の手をとって固い握手をしようとしかけましたが、相手の目に何やら意地わるい色がちらとうかびました。

「ミーチャ」は手を引っ込めました。

だが、すぐに自分の疑い深さを非難しました。

『疲れたんだろう・・・・』

こんな思いが頭をかすめました。

「彼女のためなんです! 彼女のためになんですよ、サムソーノフさん! あなたならわかってくださるでしょう、これは彼女のためになんです!」

だしぬけに彼は広間じゅうにひびくほどの大声でわめきたてると、急に向きを変え、やはり例の大股の早足であともふりかえらずに戸口に向かいました。

彼は喜びにふるえていました。

『万事休すところだったが、あの守護天使が救ってくれたんだ』

こんな思いが頭にうかびました。

『あの老人ほどのやり手が(実に立派な老人だ、それにあの貫禄!)この方法を教えてくれたんだから・・・・もちろん、こっちの勝ちだ。今すぐ飛んで行こう。夜までに帰るんだ、帰りは夜中だけれど、勝負はいただきだ。だいいち、あの老人が俺をからかうなんてことがあるうるだろうか?』

下宿に向いながら、「ミーチャ」はこう叫びました。

もちろん、彼の頭ではこれ以外に考えようがありませんでした。

つまり、事業にくわしく、セッターとやらいう男(奇妙な苗字だ!)を知ってもいる、あれほどのやり手が、実務的な助言を与えてくれたのか、それとも老人が彼をからかったのか、どちらかでした。

悲しいかな!

あとのほうの考えこそ、唯一の正しいものでした。

後日、すでにだいぶたって、もういっさいの悲劇が起ってしまってから、「サムソーノフ老人」は笑いながら、あのときは《大尉》をからかってやったと、みずから白状したものです。

彼は意地のわるい、冷淡な、嘲笑好きな人間だったし、そのうえ病的なほどの反感をいたいていました。

《大尉》の感激した顔つきか、あるいは「サムソーノフ」ともあろう者が彼の《計画》のような子供欺しに乗るかもしれぬという、あの《どら息子の浪費家》の愚かな確信か、それとも《あの無法者》が「グルーシェニカ」のためと称して、何やら子供欺しな話で金を無心しにきたことに対する、彼女への嫉妬の感情か-そのどれがはたして老人の心をつついたのかはわからないが、とにかく、「ドミートリイ」が足の力のぬけてゆくのを感じながら、彼の前に突っ立ったまま、身の破滅だなどと意味もなく叫んだ瞬間、まさにあの瞬間に、老人は限りない憎しみをこめて相手をにらみつけ、からかってやろうという気を起したのでした。

(688)で「だって、それじゃわたしは破滅ですよ、どうお考えです?」と「ドミートリイ」が言ったすぐあとで、彼は突然「サムソーノフ」の「顔に何かがちらと動いたのに気づきました」と書かれていましたが、まさにその瞬間、「まさにあの瞬間に、老人は限りない憎しみをこめて相手をにらみつけ、からかってやろうという気を起した」のですね、つまり表情に何かがちらと動いたのは、からかってやろうという気持ちの現れなんですね。

「ドミートリイ」が出て行ったあと、「サムソーノフ」は憎しみに青ざめて息子をふりかえり、今後あの無法者なぞ顔も見たくないから、屋敷内に入れぬよう手配しろ、さもないと・・・・と命じました。

彼はこの脅し文句を最後まで言いませんでしたが、父の怒った姿を始終見ている息子でさえ、あまりの恐ろしさに身ぶるいしたほどでした。

それからまる一時間たっても、老人は憎しみに全身をふるわせており、夕方には容態がおかしくなって、医者をよびにやらせました。

「サムソーノフ」の憎しみは相当なものですが、もっとも大きな理由は何でしょうか、彼ほどの年齢になればいろいろ経験も多く、このような見当違いの人間もたくさん見てきていると思うのですが。


少し前に老人の「限りない憎しみ」の原因として①「ドミートリイ」の感情的で並外れた熱意②子供欺しのような話をもちかけられたという自分へのみくびり③こんな馬鹿げたことを彼女のためにすることへの嫉妬か、そのどれかはわからないと書かれていますが、真相は年甲斐もない話ではありますがどうも③のような気がします。


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