「だって森を、あなたは森を買おうとなさってるんでしょう。さ、目をさまして、しっかりしてくださいよ。僕はここへイリインスキー神父に連れてきてもらったんです・・・・あなたがサムソーノフに手紙を書かれたので、あの人が僕をこちらへよこしたんです・・・・」
手紙で「サムソーノフ」と連絡をとっているらしいですが、「ドミートリイ」がここへ来る一足前に「サムソーノフ」からの連絡が「セッター」に届いていたとすると、またそれは「セッター」が酔いつぶれる前にそういう連絡が届かなければなりませんので「サムソーノフ」は急行便か何かで大急ぎで用件を書いた手紙を送ったことになりますが、そんなことが可能でしょうか。
「ミーチャ」は息をあえがせました。
「嘘をつけ!」
「セッター」がまた歯切れよく叫びました。
「ミーチャ」は足に寒気がしました。
「とんでもない、これは冗談じゃないんです! ことによると、あなたは酔っておられるかもしれない。だけど、もういい加減に、ちゃんと話をしたり、人の話を理解したりしてくれてもよさそうなもんじゃありませんか・・・・でないと・・・・でないと、わたしには何がなんだかわかりゃしない!」
「お前は染物屋じゃないか!」
これで完全に誰かが悪意を持って嘘を「セッター」に伝えているということがわかりますね、そうでなければ具体的に染物屋という言葉が出てくるはずがありません。
「とんでもない、わたしはカラマーゾフです、ドミートリイ・カラマーゾフですよ、あなたに相談があるんです・・・・有利な相談が・・・・とても儲かる話ですよ・・・・例のあの森の件で」
百姓はもったいぶって顎ひげを撫でました。
「いや違う、お前は仕事を請け負ったくせに、汚ない真似をしやがったんだ。汚ない男だ!」
私の想像では、誰か、つまりそれは「サムソーノフ」なのですが、彼が森番に何らかの方法で、〈これからそちらへ行く男は自分はフョーフドルの息子だと嘘をついて森を売ろうとしている染物屋であること〉を大急ぎで伝えたのでしょう、いや「セッター」は「仕事を請け負ったくせに」と言っているのですから〈フョードルに森の売買を依頼された染物屋がそちらに向かっているが、彼はフョーフドルの息子になりすまし高い値段で森を売って差額を儲けようとしているのだ〉と伝えたのかもしれません。
「はっきり言って、あなたは誤解してますよ!」
「ミーチャ」は絶望して両手をもみしだきました。
百姓はなおも顎ひげを撫でていましたが、突然ずるそうに目を細めました。
「いや、それより俺に教えてくれ。汚ない真似をしても差支えないって法律があるんなら、ぜひ教えてもらいたいね、わかったかい! 貴様は汚ない男だよ、わかってるのか?」
「ミーチャ」は暗然としてあとずさりました。
突然、後日みずから表現したように、『何かが額を殴りつけた』ような気がしました。
一瞬のうちに、何か心の目が開いた心地で、『たいまつに火がともり、すべてを理解した』のでした。
それにしても、とにかく聡明な人間である自分が、よくもこんな愚かな考えに負けて、一か八かの仕事に熱中し、しかもほとんどまる一昼夜こんな「セッター」なんぞにかかずらって、頭まで冷やしてやったりできたものだと、半信半疑の思いで、呆然と立ちつくしていました。
『ふん、こいつは酔払ってるんだ、へべれけになってやがるし、これからまだ一週間はぶっつづけに飲むことだろう。この上何を待つことがある? それにしても、もしサムソーノフが下心をもって俺をここへよこしたのだとしたら? もしその間に彼女が・・・・ああ、俺はなんてことをしちまったんだ!』
ここで「ドミートリイ」は「サムソーノフ」のことをはじめて疑っていますね。
「サムソーノフ」はむしろ「グルーシェニカ」が「フョードル」の方に行くのを願っているのですからなおさらです。
「ドミートリイ」は彼の巧妙な作戦にまんまと引っかかったようですね。
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