三 金鉱
まさしくこれが、あれほどの恐怖をこめて「グルーシェニカ」が「ラキーチン」に語った、「ミーチャ」の来訪でした。
何だか物語の前後関係がわかりずらいのですが、「グルーシェニカ」が「ラキーチン」に語ったという「あれほどの恐怖」というのはどこかに描写されていたのでしょうか、「サムソーノフ」の家に「お金の計算」に行くので「ドミートリイ」に送ってもらって、夜中の12時にまた迎えに来てもらうことになっているという部分はありましたが、恐怖を感じながら「グルーシェニカ」が「ラキーチン」に語るシーンはどこに描かれていたのでしょうか、私はわからなくなりました。
彼女はそのとき、例の《急使》を待っていたところで、昨日も今日も「ミーチャ」が来なかったのをとても喜び、うまくゆけば出発まで現れぬかもしれないと期待していたのですが、そこへ突然、彼がおどりこんできたのでした。
その後のいきさつは、承知のとおりです。
ここで「承知のとおり」と書かれていますので、どこかに書かれているはずですが、そのうち探してみます。
厄介払いするため、彼女はとたんに、どうしても《お金の計算》に行かねばならないので、「サムソーノフ」のところまで送って行ってくれるよう説き伏せ、「ミーチャ」がさっそく送って行くと、「サムソーノフ」の門口で別れしなに、今度は家に帰るときに送るため十一時すぎに迎えにくるという約束を彼からとりつけたのでした。
ここで「十一時すぎ」となっていますが、(657)では彼女は「十二時」と言っていましたね。
「ミーチャ」はこの命令にもやはり喜びました。
『サムソーノフの家にずっといるからには、つまり、親父のところには行かぬはずだ・・・・嘘をついているでさえなければ』–と彼はすぐに付け加えました。
だが、彼の目には嘘をついているとは見えませんでした。
彼は、愛する女と離れているとすぐに、彼女の身に何か起りはせぬか、彼女が《裏切り》はせぬかと、途方もない恐ろしい事態をあれこれ考えだすのですが、それでいて、てっきり裏切ったにちがいないと固く確信して、打ちのめされ、絶望しきって、また彼女のところへ駆けつけ、にこにこ笑っている明るい愛想のいい女の顔を一目見ただけで、とたんに精神的に生き返り、すぐさまいっさいの疑いをなくして、嬉しい恥ずかしさをおぼえながら自分で自分の嫉妬深さを叱るといった、まさにそういう性質のやきもち焼きでした。
ようするに単純なのですね。
「グルーシェニカ」を送りとどけたあと、彼は自分の下宿にとんで帰りました。
ああ、今日のうちにやってしまわねばならぬことが、実におびただしくあった!
だが、少なくとも心は軽くなりました。
『ただ、一刻も早くスメルジャコフから、ゆうべ何かなかったか、ひょっとして彼女が親父を訪ねたりしなかったかを、ききださにゃならんぞ、いやはや!』
こんな考えが頭の中を走りすぎました。
そのため、まだ下宿に走りつかぬうちに、もはや嫉妬が安らぎを知らぬ彼の心の中でふたたびうごめきはじめました。
嫉妬!
『オセロは嫉妬深いのではない。彼は信じやすいのだ』と、「プーシキン」は指摘しています。
以下は参考のため「オセロ」のあらすじです。
「ヴェニスの軍人でムーア人であるオセロは、デズデモーナと愛し合い、デズデモーナの父ブラバンショーの反対を押し切って駆け落ちする。オセロを嫌っている旗手イアーゴーは、自分をさしおいて昇進した同輩キャシオーがデズデモーナと密通していると、オセロに讒言する。嘘の真実味を増すために、イアーゴーは、オセロがデズデモーナに送ったハンカチを盗み、キャシオーの部屋に置く。イアーゴーの作り事を信じてしまったオセロは嫉妬に苦しみ怒り、イアーゴーにキャシオーを殺すように命じ、自らはデズデモーナを殺してしまう。だが、イアーゴーの妻のエミリアは、ハンカチを盗んだのは夫であることを告白し、イアーゴーはエミリアを刺し殺して逃げる。イアーゴーは捕らえられるが、オセロはデズデモーナに口づけをしながら自殺をする。」
以上。
すでにこの指摘一つだけでも、わが偉大な詩人の知性の並みはずれた深さを証明するものです。
オセロは心をみじんに打ち砕かれ、人生観をすっかり曇らされたにすぎません。
それというのも、理想がほろびた(七字の上に傍点)からです。
しかし、オセロは物陰に身をひそめたり、スパイをしたり、のぞき見したりはしません。
人を信じやすいからです。
それどころか、妻の不貞を勘ぐるように彼をするには、異常な努力を払ってそう仕向け、疑惑を起させ、煽り立てねばなりませんでした。
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