「プロトニコフの店へね、それは結構だ!」
「ドミートリイ」はこの時点でもうモークロエに行く決心をしていたのですね、(717)の「フェーニャ」の家で話しているときに「先ほどの驚愕は消えましたが、どうやら、今度はもう何か新たな不屈の決意がすっかり彼を捉えた・・・・」と書かれていますので、このときに決心したのでしょう、また、モークロエに行くときはピストルを持って行くということも。
ピストルと持って行くということはもしかして万が一の場合は「グルーシェニカ」の相手の将校を撃ち殺し、自分も彼女も死ぬ気だったのかもしれませんね。
ふと何かの考えがうかんだように、「ミーチャ」も叫びました。
「おい、ミーシャ」
入ってきた少年に彼は声をかけました。
「あのな、プロトニコフのところへ一走りして、ドミートリイ・カラマーゾフがよろしく言ってたと伝えてくれ、今本人が来るからって・・・・それから、いいか、俺が行くまでにシャンパンを、そう三ダースばかり、いつかモークロエへ繰りだしたときのように馬車に積みこんでおくようにな・・・・そのときはあの店で四ダースも買いこんだんですよ」
だしぬけに彼は「ペルホーチン」をかえりみて言いました。
「先方で承知してるから、心配ないぞ、ミーシャ」
彼はまた少年をふりかえりました。
「それと、いいか、チーズと、ストラスブール・ピローグ(訳注 鵞鳥のペーストをつめたピローグ)と、鮭の燻製と、ハムと、イクラと、とにかくあの店にあるものを全部、そうさな、この前と同じように百ルーブルか、百二十ルーブル分くらいだ・・・・それに、いいかね、手みやげを忘れんようにな、キャンディと、梨と、西瓜を二つか三つ、それとも四つかな、いや、西瓜は一つでたくさんだ、それにチョコレートと、ドロップと、ゼリーと、ヌガーか、とにかくあのときモークロエへ持って行ったものを全部だ、シャンパンとこみ(二字の上に傍点)で三百ルーブル分くらいな・・・・今度もあのときとそっくりに同じにさせてくれ。よくおぼえて行けよ、ミーシャ・・・・たしかお前はミーシャといったな・・・・この子はミーシャというんでしたね?」
「ストラスブール・ピローグ」とは「鵞鳥のペーストをつめたピローグ」との説明があります、ストラスブールとはフランス北東部のライン川左岸に位置するグラン・テスト地域圏の首府であり、バ=ラン県の県庁所在地でもあるそうです。
ネットで調べているとある方のブログで、プーシキンの「エヴゲーニン・オネーギン」の描写に現れる西欧の料理として、その中のひとつに「ストラスブールのビローグ」と出ていました。
当時のロシアでは西欧風の料理として流行っていたのかもしれませんね。
日本では通常「ピロシキ」と呼ばれているのですが、ロシアではいろいろの種類があるようです。
ちなみに、光文社の文庫本「カラマーゾフの兄弟3」(亀山郁夫訳)205ページには「ストラスブール・パイ」と訳されていました、パイでもピローグでも同じようなものだと思いますが、訳注に鵞鳥のペーストをつめたとありますのでフォアグラのことかもしれないと思い、ネットを眺めていると「ストラスブール名物?フォアグラパテ入りのパイも」とかいう写真が出ていましたので、もしかしてこれのことかもしれません。
また彼は「ペルホーチン」をかえりみました。
「まあ、お待ちなさい」
不安そうに話をきき、じろじろと眺めながら、「ペルホーチン」がさえぎりました。
「それよりご自分でいらして、そのときにおっしゃるほうがいいでしょう。注文を間違えそうだから」
「間違える、たしかに間違えそうだな! おい、ミーシャ、厄介なことを頼むお礼にキスでもしてやる気になっていたんだけどな・・・・もし注文を間違えなかったら、十ルーブルやるから、大急ぎでとんでくれ・・・・シャンパンだぞ、大事なのはシャンパンを運びださせておくことだ。これにコニャックと、ぶどう酒は赤と白を両方、全部あのときと同じだ・・・・あのときのことは先方が承知しているから」
「まあ、おききなさい!」
もはやしびれを切らして、「ペルホーチン」がさえぎりました。
「いいですか、この子はただ両替に走らせて、店を閉めぬように言わせるだけでいいんです、あとはあなたが行って、ご自分で注文するほうがいい・・・・その紙幣を一枚よこしなさい。さ、行ってこい、ミーシャ、大至急だぞ!」
「ペルホーチン」はどうやら、ことさら急きたてて「ミーシャ」を追いだしたようでした。
この「ペルホーチン」という人はなかなか落ち着いています、はじめに「ドミートリイ」についた血を見ても動転した様子はありませんでしたし、また適切な行動をとる人ですね。
それというのも、少年が客の前にあらわれるなり、客の血だらけの顔や、ふるえる指で札束を握りしめている血まみれの手に目を見はって、おどろきと恐怖に口を開けたまま、棒立ちになり、確かに「ドミートリイ」の注文したものなぞ、ろくにわかっていない様子だったからです。
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