「さ、今度は顔を洗いに行きましょう」
「ペルホーチン」がきびしく言いました。
「お金をテーブルに置くなり、ポケットにしまうなりなさい・・・・そう、じゃ行きましょう。それからフロックをぬぐんですね」
そして彼はフロックをぬぐのを手伝いにかかり、突然また叫びました。
「見てごらんなさい、フロックも血だらけじゃないですか!」
「これは・・・・フロックってわけじゃないんです。ただ、この袖口のところがちょっと・・・・この、ハンカチを入れておいたところだけですよ。ポケットから滲みでたんだ。フェーニャのところで、ハンカチの上に坐ったもんだから、血が滲みでたんですね」
ということは、さっきから「ポケット」と言っているのは、ズボンの後ろポケットのことみたいですね。
ふしぎなほどの信頼をこめて、「ミーチャ」はすぐに説明しました。
「ペルホーチン」は眉をひそめて、それをききました。
「魔がさしたんですね。きっとだれかと喧嘩でもしたんでしょうが」
顔や手を洗いにかかりました。
「ペルホーチン」は水差しを持って、水をかけてやりました。
「ミーチャ」はあせっていて、いい加減に石鹸をつけようとしかけました(その手がふるえていたのを、あとになってペルホーチンは思いだした)。
「ペルホーチン」はすぐに、もっと石鹸をたくさんつけてよく洗うよう命じました。
さながらこの瞬間の彼は、「ミーチャ」に対して何か支配力を持ったかのようで、時がたつにつれ、ますますその感が強くなっていきました。
ついでに言っておきますが、この青年は度胸のすわった性格だったのです。
「ごらんなさい、爪の下を洗ってませんよ。さ、今度は顔を洗うんです。ほら、そこのところ、こめかみと、耳のわきと・・・・このシャツで出かける気ですか? いったいどこへ行くんです? 見てごらんなさい、右袖の折返しがすっかり血で汚れてるじゃありませんか」
「そう、血だらけだな」
シャツの折返しを眺めながら、「ミーチャ」が言いました。
「だったら、シャツを取り替えるんですね」
「そんな暇はないんですよ。あ、そうだ、ほら・・・・」
もうタオルで顔や手をぬぐい、フロックを着こみながら、「ミーチャ」がやはり信頼しきった口調でつづけました。
「ここの袖の端を折り込んでしまえば、フロックに隠れて見えませんよ・・・・ほらね!」
「それじゃ今度は話してください、いったいどこでそんなばかな真似をしでかしたんです? だれかと喧嘩でもしたんでしょうが? またあのときみたいに、例の大尉を相手に、殴ったり、ひきずりまわしたりしたんじゃないんですか?」
この退役二等大尉のところには(467)で「アリョーシャ」がお詫び行っていますね。
非難がましく「ペルホーチン」が思いだしました。
「だれをたたきのめしたんです・・・・それとも、ひょっとしたら、殺したんですか?」
「ばかな!」
「ミーチャ」が言い放ちました。
「何がばかなですか?」
「いいんですよ」
「ミーチャ」は言って、ふいに苦笑しました。
「これはね、広場で今、婆さんを轢いちまったんです」
「轢いた? 婆さんを?」
「爺さんだ!」
「ペルホーチン」の顔をひたと見つめ、笑いながら、つんぼにでも話すような大声で、「ミーチャ」は叫びました。
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