2018年3月22日木曜日

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「さ、今度は顔を洗いに行きましょう」

「ペルホーチン」がきびしく言いました。

「お金をテーブルに置くなり、ポケットにしまうなりなさい・・・・そう、じゃ行きましょう。それからフロックをぬぐんですね」

そして彼はフロックをぬぐのを手伝いにかかり、突然また叫びました。

「見てごらんなさい、フロックも血だらけじゃないですか!」

「これは・・・・フロックってわけじゃないんです。ただ、この袖口のところがちょっと・・・・この、ハンカチを入れておいたところだけですよ。ポケットから滲みでたんだ。フェーニャのところで、ハンカチの上に坐ったもんだから、血が滲みでたんですね」

ということは、さっきから「ポケット」と言っているのは、ズボンの後ろポケットのことみたいですね。

ふしぎなほどの信頼をこめて、「ミーチャ」はすぐに説明しました。

「ペルホーチン」は眉をひそめて、それをききました。

「魔がさしたんですね。きっとだれかと喧嘩でもしたんでしょうが」

顔や手を洗いにかかりました。

「ペルホーチン」は水差しを持って、水をかけてやりました。

「ミーチャ」はあせっていて、いい加減に石鹸をつけようとしかけました(その手がふるえていたのを、あとになってペルホーチンは思いだした)。

「ペルホーチン」はすぐに、もっと石鹸をたくさんつけてよく洗うよう命じました。

さながらこの瞬間の彼は、「ミーチャ」に対して何か支配力を持ったかのようで、時がたつにつれ、ますますその感が強くなっていきました。

ついでに言っておきますが、この青年は度胸のすわった性格だったのです。

「ごらんなさい、爪の下を洗ってませんよ。さ、今度は顔を洗うんです。ほら、そこのところ、こめかみと、耳のわきと・・・・このシャツで出かける気ですか? いったいどこへ行くんです? 見てごらんなさい、右袖の折返しがすっかり血で汚れてるじゃありませんか」

「そう、血だらけだな」

シャツの折返しを眺めながら、「ミーチャ」が言いました。

「だったら、シャツを取り替えるんですね」

「そんな暇はないんですよ。あ、そうだ、ほら・・・・」

もうタオルで顔や手をぬぐい、フロックを着こみながら、「ミーチャ」がやはり信頼しきった口調でつづけました。

「ここの袖の端を折り込んでしまえば、フロックに隠れて見えませんよ・・・・ほらね!」

「それじゃ今度は話してください、いったいどこでそんなばかな真似をしでかしたんです? だれかと喧嘩でもしたんでしょうが? またあのときみたいに、例の大尉を相手に、殴ったり、ひきずりまわしたりしたんじゃないんですか?」

この退役二等大尉のところには(467)で「アリョーシャ」がお詫び行っていますね。

非難がましく「ペルホーチン」が思いだしました。

「だれをたたきのめしたんです・・・・それとも、ひょっとしたら、殺したんですか?」

「ばかな!」

「ミーチャ」が言い放ちました。

「何がばかなですか?」

「いいんですよ」

「ミーチャ」は言って、ふいに苦笑しました。

「これはね、広場で今、婆さんを轢いちまったんです」

「轢いた? 婆さんを?」

「爺さんだ!」


「ペルホーチン」の顔をひたと見つめ、笑いながら、つんぼにでも話すような大声で、「ミーチャ」は叫びました。



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