「ええ、まったくもう、爺さんだの婆さんだのと・・・・だれかを殺しちまったんですね?」
「仲直りしましたよ。取っ組み合いをしたけど、仲直りしたんです。さる場所でね。仲よく別れましたよ。さるばか者が・・・・そいつは僕を赦してくれたんです・・・・今じゃきっと赦してくれたでしょうよ・・・・もし起き上がってたら、赦してくれなかたでしょうがね」
これは「グリゴーリイ」が頭の中にあっての発言だと思いますが、「ドミートリイ」の依って立つ位置が何かわからなくなってきています、もう自分はあの世に行ってしまっているという発想なのでしょうか。
「ミーチャ」は突然ウィンクしてみせました。
「ただね、いいですか、そんなやつはどうだっていいんですよ、ピョートル・イリイチ、そんなやつはくそくらえだ。いいんです。今は話したくないし!」
「ミーチャ」はきっぱりとはねつけました。
「僕がこんなことを言うのも、あなたはだれにでも好きこのんで突っかかるからですよ・・・・あのときだって些細なことから例の二等大尉とはじめたし・・・・大喧嘩をやらかして、今度はどんちゃん騒ぎに繰りだす-これがあなたの性分なんだ。シャンパン三ダースなんて、そんなにたくさん、どうする気です?」
「ブラーヴォ! それじゃピストルを返してください。ほんとに、時間がないんでね。君とも少し話をしたいところだけど、その暇がないんですよ。それに、そんな必要もないし。話したところで、あとの祭なんだ。あ! 金はどこだ、どこへしまったかな?」
彼は叫んで、あっちこっちのポケットへ手を突っこみにかかりました。
「テーブルの上に置いたでしょうに・・・・自分で・・・・ほら、そこにある。忘れたんですか? まったく、あなたに預けると金も塵か水にひとしいんだから。さ、あなたのピストルです。変だな、さっき五時すぎにはこれを担保に十ルーブル借りたというのに、今は何千もの金を持ってるなんて。二千か三千はあるでしょうが?」
とうとう「ペルホーチン」は「ドミートリイ」にピストルを渡しましたね、危険だと思いますが。
「三千くらいでしょうよ」
金をズボンの脇ポケットに突っこみながら、「ミーチャ」は笑いだしました。
「そんなふうじゃ、失くしますよ。あなたは金鉱でも持ってるんですか?」
「金鉱? 金鉱をね!」
精いっぱいの大声で「ミーチャ」は叫び、笑いころげました。
「ペルホーチンさん、あなたも金鉱志願ですか? だったら、ただ行くだけで、この町のさる貴婦人が即座に三千ルーブルくれますよ。僕ももらったんだけど、その人はそりゃ大の金鉱好きでね! ホフラコワ夫人を知ってるでしょう?」
どうしたんでしょう、「ドミートリイ」はもう嘘だらけになってしまいまた。
「知合いじゃないけど、噂はきいてるし、見たこともあります。ほんとにあの人がその三千ルーブルをくれたんですか? そんなに気前よく?」
「ペルホーチン」は疑わしげな目をしました。
「じゃ明日、太陽が昇ったら、永遠の青年ポイボス(訳注 アポロンの別称で太陽を意味する)が神をたたえ、祝福しながら舞い上がったら、ホフラコワ夫人のところへ行って、三千ルーブルを気前よく僕にくれたかどうか、当人にきいてごらんなさい。確かめてみるといいですよ」
ウィキペディアによると、ポイボスはギリシア神話の神アポローンの別名、あるいは称号で「輝く者」の意と考えられ、「光明神」と訳されるが、正確なところは不明であるとのこと。
「僕はあなた方の関係を知らないから・・・・あなたがそこまで断定的におっしゃるからには、つまりあの人がくれたんでしょう・・・・でも、あなたはその金を手に入れながら、シベリヤへ行く代りに、派手に遊ぶってわけだ・・・・本当にこれからどこへ行くつもりなんです、え?」
「モークロエですよ」
「モークロエ? だってこんな夜中に!」
「何でも持ってたマストリュークも、今じゃ何一つなくなった!」
この「マストリューク」は何かの引用だと思うのですが、ネットで調べてもさっぱりわかりませんでした。
藪から棒に「ミーチャ」が口走りました。
「どうして何一つないんです? そんなに何千もの金を持ちながら、何一つないだなんて?」
「僕の言ってるのは、金のことじゃないんだ。金なんぞくそくらえですよ! 僕の言ってるのは女心のことです。
頼みがたきは女の心
変りやすくて、罪深く(訳注 チュッチェフの詩より)
僕はユリシーズに賛成だな。これは彼の言葉ですがね」
「ユリシーズ」と言えば、ジェイムズ・ジョイスの小説を思い浮かべますが、これは1922年に出版されたものですから違いますね、ということは「ギリシャ神話の英雄オデュッセウスのラテン語名ウリクセス(Ulixes)がルネサンス期にウリッセース(Ulisses)となり、それを英語読みにしたもの。」なのでしょうが、私は知識がありませんので、「僕はユリシーズに賛成だな」という意味がわかりません、ウィキペディアで調べると「オデュッセウスは、ギリシア神話の英雄で、イタケーの王(バシレウス)であり、ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』の主人公でもある。ラテン語でUlixes(ウリクセス)あるいはUlysseus (ウリュッセウス)ともいい、これが英語のUlysses(ユリシーズ)の原型になっている。彼はトロイ攻めに参加した他の英雄たちが腕自慢の豪傑たちであるのに対して頭を使って勝負するタイプの知将とされ、「足の速いオデュッセウス」「策略巧みなオデュッセウス」と呼ばれる。」とありましたが、やはり彼の意図はわかりません。
「チュッチェフ」の詩は(527)の大審問官の中で「イワン」が別の詩を引用していました。
「あなたの言うことは、さっぱりわからない」
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