2018年3月24日土曜日

723

「酔払っていると思いますか?」

「酔っちゃいないけど、それよりわるいですよ」

「僕は精神的に酔払ってるんですよ、ピョートル・イリイチ、心の酔いどれだ。でも、もういい、たくさんだ・・・・」

「何してるんです、ピストルを装填するんですか?」

「ピストルを装填してるんです」

事実「ミーチャ」は、ピストルのケースを開け、火皿の蓋をはずして、丹念に火薬をつまみ入れて詰めました。

それから弾丸をとり、ピストルにこめる前に、二本の指で蝋燭の上にかざして見ました。

「どうして弾丸なんぞ見てるんです?」

不安な好奇心をおぼえながら、「ペルホーチン」は見守っていました。

「なんとなくね。一つの想像ですよ。もし君がこの弾丸を自分の脳天にぶちこむ気になったとしたら、ピストルを装填する際に、弾丸を見ますか、それとも見ないかな?」

「なぜ見る必要があるんです?」

「自分の脳天に入っていくんだもの、それがどんな代物か見ておくのもおもしろいじゃありませんか・・・・もっとも、たわごとですがね。束の間のたわごと。これで終った」

弾丸をこめ、麻屑をつめて押えたあと、彼は付け加えました。

この当時のピストルの構造は知りませんが、弾丸を麻屑で固定するのですね。

「ピョートル・イリイチ、たわごとですよ。すべて、たわごとなんだ。どれくらい下らぬたわごとか、わかってもらえたらな! さ、それじゃ紙を一枚ください」

「紙ならそこに」

「いや、字を書けるような、すべすべした、きれいな紙がいいな。これでいいや」

そして「ミーチャ」は、テーブルからペンをとり、手早くその紙に二行だけ書くと、紙を四つにたたんで、チョッキのポケットにしまいました。

いったい「ドミートリイ」はこの紙に何と書いたか気になるところですが、たぶんずっと後でわかるでしょう。

ピストルをケースにおさめて、鍵をかけケースを手にかかえました。

そのあと「ペルホーチン」を見つめ、考え深げな長い微笑をうかべました。

「それじゃ行きましょうか」

彼は言いました。

「行くって、どこへ? いや、待ってくださいよ・・・・あなたはどうやら、自分の脳天にぶちこむつもりですね、弾丸を?」

不安の色を見せて「ペルホーチン」が言いました。

「弾丸なんて、たわごとですよ! 僕は生きていたいんだ、人生を愛してるんです! このことは知っておいてほしいな、僕は金髪のポイボスを、その熱い光を愛してるんです・・・・ピョートル・イリイチ、君は身を引くことができる?」

「ポイボス」は「アポロン」のことです。

「身を引くって?」

「道を譲るのさ。愛する人間と、憎らしい人間とに道を譲るんだよ。それも、憎らしい存在まで、愛すべきものに変るようにね、それが道の譲り方ってもんさ! そして、その二人に言うんだ。元気で行けよ、僕のわきを通りぬけて行くがいい、僕は・・・・」

誰が見ても「ドミートリイ」は自殺すると思いますね、そうなると「ペルホーチン」は止めるしかありません。

「あなたは?」

「もういい、行きましょうや」

「ほんとに、だれかに言おう」

「ペルホーチン」は彼を眺めました。

「あなたを行かせないようにしなけりゃ。今ごろモークロエに何しに行くんです?」

「向うに女がいるんですよ、女がね。君の相手はたくさんだ、ピョートル・イリイチ、もう終り!」

「まあ、おききなさい、あなたは野蛮ではあるけど、僕は前々からなんとなく気に入っていたんです・・・・だから心配してるんですよ」


「ありがとう、君。僕が野蛮だと言うんだね。野蛮人、野蛮人か! それだけは僕もくりかえして言いますよ、野蛮人ですとも! あ、ミーシャだ、すっかり忘れてたっけ」


0 件のコメント:

コメントを投稿