「酔払っていると思いますか?」
「酔っちゃいないけど、それよりわるいですよ」
「僕は精神的に酔払ってるんですよ、ピョートル・イリイチ、心の酔いどれだ。でも、もういい、たくさんだ・・・・」
「何してるんです、ピストルを装填するんですか?」
「ピストルを装填してるんです」
事実「ミーチャ」は、ピストルのケースを開け、火皿の蓋をはずして、丹念に火薬をつまみ入れて詰めました。
それから弾丸をとり、ピストルにこめる前に、二本の指で蝋燭の上にかざして見ました。
「どうして弾丸なんぞ見てるんです?」
不安な好奇心をおぼえながら、「ペルホーチン」は見守っていました。
「なんとなくね。一つの想像ですよ。もし君がこの弾丸を自分の脳天にぶちこむ気になったとしたら、ピストルを装填する際に、弾丸を見ますか、それとも見ないかな?」
「なぜ見る必要があるんです?」
「自分の脳天に入っていくんだもの、それがどんな代物か見ておくのもおもしろいじゃありませんか・・・・もっとも、たわごとですがね。束の間のたわごと。これで終った」
弾丸をこめ、麻屑をつめて押えたあと、彼は付け加えました。
この当時のピストルの構造は知りませんが、弾丸を麻屑で固定するのですね。
「ピョートル・イリイチ、たわごとですよ。すべて、たわごとなんだ。どれくらい下らぬたわごとか、わかってもらえたらな! さ、それじゃ紙を一枚ください」
「紙ならそこに」
「いや、字を書けるような、すべすべした、きれいな紙がいいな。これでいいや」
そして「ミーチャ」は、テーブルからペンをとり、手早くその紙に二行だけ書くと、紙を四つにたたんで、チョッキのポケットにしまいました。
いったい「ドミートリイ」はこの紙に何と書いたか気になるところですが、たぶんずっと後でわかるでしょう。
ピストルをケースにおさめて、鍵をかけケースを手にかかえました。
そのあと「ペルホーチン」を見つめ、考え深げな長い微笑をうかべました。
「それじゃ行きましょうか」
彼は言いました。
「行くって、どこへ? いや、待ってくださいよ・・・・あなたはどうやら、自分の脳天にぶちこむつもりですね、弾丸を?」
不安の色を見せて「ペルホーチン」が言いました。
「弾丸なんて、たわごとですよ! 僕は生きていたいんだ、人生を愛してるんです! このことは知っておいてほしいな、僕は金髪のポイボスを、その熱い光を愛してるんです・・・・ピョートル・イリイチ、君は身を引くことができる?」
「ポイボス」は「アポロン」のことです。
「身を引くって?」
「道を譲るのさ。愛する人間と、憎らしい人間とに道を譲るんだよ。それも、憎らしい存在まで、愛すべきものに変るようにね、それが道の譲り方ってもんさ! そして、その二人に言うんだ。元気で行けよ、僕のわきを通りぬけて行くがいい、僕は・・・・」
誰が見ても「ドミートリイ」は自殺すると思いますね、そうなると「ペルホーチン」は止めるしかありません。
「あなたは?」
「もういい、行きましょうや」
「ほんとに、だれかに言おう」
「ペルホーチン」は彼を眺めました。
「あなたを行かせないようにしなけりゃ。今ごろモークロエに何しに行くんです?」
「向うに女がいるんですよ、女がね。君の相手はたくさんだ、ピョートル・イリイチ、もう終り!」
「まあ、おききなさい、あなたは野蛮ではあるけど、僕は前々からなんとなく気に入っていたんです・・・・だから心配してるんですよ」
「ありがとう、君。僕が野蛮だと言うんだね。野蛮人、野蛮人か! それだけは僕もくりかえして言いますよ、野蛮人ですとも! あ、ミーシャだ、すっかり忘れてたっけ」
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