「ミーシャ」が両替してもらった札束を手に大急ぎで入ってきて、プロトニコフの店では《みんながてんてこ舞い》で、酒壜たの、魚だの、お茶だのをひっぱりだしているから、すぐにも全部用意できるだろう、と報告しました。
「ミーチャ」は十ルーブル札を一枚つかんで、「ペルホーチン」にさしだし、もう一枚の十ルーブル札を「ミーシャ」に投げてやりました。
何度も言いますが、十ルーブルは一万円です。
「いけません!」
「ペルホーチン」が叫びました。
「わたしの家でそれは困ります。それに、わるく甘やかすことになりますしね。お金をおしまいなさい、ほら、ここに入れて。何もお金を粗末にすることはないでしょうに? 明日になりゃ重宝するんですから。いずれわたしのところへ十ルーブル借りにくることもあるでしょうしね。どうしてズボンの脇ポケットになんぞ全部突っこむんです? ええ、失くしますよ!」
「ペルホーチン」がお金を「ほら、ここに入れて」と言っているのですが、どこのことでしょうか、すぐあとで先ほど書いた紙片を納めていた「チョッキのポケット」が出てくるのですが、「チョッキのポケット」は小さすぎますので、上着に大きなポケットが付いていて、そこに入れろと言っているのでしょうか、この三千ルーブルは十ルーブル札が三百枚ですからどのくらいの厚さなのでしょう、今の一万円札のピン札より当時の十ルーブル札は分厚いとすると、三~四センチメートルくらいではないでしょうか、「ペルホーチン」の家に来るまでは、ズボンの後ろポケットに入れていました。
「あのね、君、いっしょにモークロエへ行かない?」
「わたしがあんなところへ何しに?」
「じゃ、よかったら今ここで一壜あけようよ。人生のために乾杯しようじゃないか! 僕は飲みたいんだ、何より君と飲みたいんだよ。まだ一度もいっしょに飲んだことがなかったものね、え?」
「そりゃ、飲屋でやるんならかまわないけど。行きましょう、僕も今から行くつもりだったんだから」
「ペルホーチン」は本当にいい奴ですね、「ドミートリイ」もそう思っています。
「飲屋でやってる暇はないんだ。じゃ、プロトニコフの店の、奥の部屋で飲もう。あのね、君に今一つの謎をかけようか」
「どうぞ」
「ミーチャ」はチョッキのポケットから例の紙片を出し、開いて示しました。
そこには、大きなはっきりした書体でこう書いてありました。
『全生涯に対して自己を処刑する。わが一生を処罰する!』
「ほんとに、だれかに言おう。今すぐ行って、話してこよう」
紙片を読むと、「ペルホーチン」は言いました。
「間に合わないよ、君、さ、行って一杯やろうや、進軍だ!」
プロトニコフの店は、「ペルホーチン」のところからほとんど家一軒へだてたにひとしい町角にありました。
何人かの裕福な商人たちが経営している、この町でいちばん大きな食料品店で、店そのものもきわめて立派でした。
首都のどんな大商店にあるものでも全部置いてありましたし、《エリセーエフ兄弟商会輸入》のぶどう酒から、果物、葉巻、紅茶、砂糖、コーヒーなど、ありとあらゆる食料品が揃っていました。
(275)の「フョードル」のセリフで「エリセーエフ兄弟製造の蜂蜜酒」が出てきていました。
店にはいつも店員が三人控え、配達係の少年が二人とびまわっていました。
この地方は貧しくなって、地主たちも四散し、商業は火の消えたような有様だったにもかかわらず、食料品店だけは相変らず繁昌し、年々よくなる一方でさえありました。
これらの商品には客のとだえることがなかったからです。
店では首を長くして「ミーチャ」を待ち受けていました。
三、四週間前に彼がやはり同じように数百ルーブル分のあらゆる食料品や酒をいっぺんに現金で買いあげてくれたこと(もちろん、付けでは彼になど何一つ売らなかったにちがいないが)は、あまりにも記憶に新ただったし、そのときも今回と同じように百ルーブル札の束がわしづかみにされて、何のためにこんなに多くの食料品や酒などが必要なのかを彼が考えもしなければ考えようともせず、値切りもしないで、やたらに札をばらまいてくれたことも、やはり忘れられませんでした。
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