あのとき、彼は「グルーシェニカ」といっしょにモークロエへ繰りだし、『その一夜と次の一日とでいっぺんに三千ルーブルを使いはたし、一文なしの丸裸で豪遊から戻ってきた』と、後日、町じゅうで噂したものでした。
ここで語り手はこの町の誰かになって町の噂話を共有しています。
あのとき、彼はたまたまこの町に流れてきていたジプシーの一族を総上げにし、その連中が酔払った彼から二日の間に見境なしに金を巻きあげ、高価なぶどう酒を見境なしに飲みまくったのです。
町の人たちは、モークロエで彼が粗野な百姓たちにシャンパンを飲ませたり、田舎娘や百姓女にキャンディだのストラスブール・ピローグだのを振舞ったりしたことを話しては、「ドミートリイ」を笑いものにしました。
また町の、特に飲屋では、その当時の「ミーチャ」自身のあけひろげな、人前かまわぬ打明け話も、やはり嘲笑の種でした(と言っても、もちろん、面と向って笑ったわけではない。彼の目の前で笑うのはいささか危険だったからだ)。
つまり、そんな《気違い沙汰》のお礼として彼が「グルーシェニカ」から得たものと言えば、《かわいい足にキスさせてもらっただけで、それ以上は何も許してもらえなかった》ということだ。
なんだ、そうだったのですね。
鈴をいくつもつけた三頭立て(トロイカ)が用意され、御者の「アンドレイ」が「ミーチャ」を待っているのが、目に入りました。
店の中では品物を納めた一つの箱をほとんどすっかり《まとめ》終り、あとはただ「ドミートリイ」の現われるのを待って、釘を打ち、荷馬車に積みこむばかりになっていました。
「ペルホーチン」はびっくりしました。
「いったいどこからトロイカなんぞ調達したんだい?」
「君のところへ駆けつける途中、このアンドレイに出会ったもんで、まっすぐこの店へつけるように言いつけといたんですよ。何も時間をむだにすることはないしね! この前はチモフェイの馬車で行ったんだけど、チモフェイは僕より一足先に今ごろ、ほいさっさと、さる魔法使のお姫さまを乗せて走ってまさあね。おい、アンドレイ、だいぶ遅れをとるかな?」
「ドミートリイ」は「フェーニャ」の家にいるときにすでに、モークロエでどんちゃん騒ぎすることを決心していたのでしたよね。
「せいぜいあっしらより一時間早く着くぐらいのもんでしょう。それもむりかな。まあ一時間がいいところですね!」
「アンドレイ」が急いで答えました。
「チモフェイの馬車はあっしが支度してやったんだし、奴さんの手綱さばきもわかってますからね。こちとら、奴さんとは腕が違いまさあ、ドミートリイの旦那、あっしに敵うもんですか。一時間早くなんぞ着かせませんや!」
まだ、古顔の馭者ではなく、半外套を着て、ラシャの百姓外套を左腕にかかえた赤毛の、瘦せぎすの若者「アンドレイ」が、むきになってさえぎりました。
「一時間遅れをとるだけですんだら、酒手に五十ルーブルはずむぞ」
「一時間なら請け合いまさあ、ドミートリイの旦那、なに、一時間といわず、三十分も先に着かせやしませんから!」
「アンドレイ」はやけに自信を持って一時間でもどうかと言っていますが、また三十分も先にというのはちょっと言い過ぎではないでしょうか。
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