2018年3月30日金曜日

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「それでどうなった?」

「当然、お仕置きされたさ。じゃ、君はどうなの、そういう君は盗んだことはないの?」

「あるよ」

「ミーチャ」はいたずらっぽくウィンクしました。

「何を盗んだんだい?」

「ペルホーチン」が釣りこまれてたずねました。

「母から二十カペイカ銀貨を失敬したことがあるよ。九つのときだったな、三日後に返したけど」

この会話は何なのでしょう、「ドミートリイ」は「ペルホーチン」をからかってと同じことを繰り返しています、作者はこのやりとりに暗示的な意味をもたせたのかもしれませんが、何か釈然としません、しかしこれは、「ドミートリイ」が誰かのお金を盗んだと自分でずっと考え続けていることの伏線となっています。

こう言うと、「ミーチャ」はだしぬけに席を立ちました。

「ドミートリイの旦那、急いでいただけますか?」

ふいに店先で馭者の「アンドレイ」が叫びました。

「用意できたのか? よし行こう!」

「ミーチャ」が気をもみはじめました。

「もう一つ、これが最後の言いつけだ・・・・出がけの景気づけに今すぐアンドレイにウォトカを一杯やってくれ! それとウォトカのほかに、コニャックも一杯! その箱は(ピストルのケースのことだった)俺の座席の下に置いてくれ。じゃ、お達者で、ピョートル・イリイチ、いつまでもお元気でね」

今ならば酔払い運転ですが、こういうところは「ドミートリイ」のやさしさですね。

「だって、明日帰るんでしょうに?」

「うん、必ず」

「お会計はただいましめさせていただいてよろしいでしょうか?」

「あ、そうか、勘定だったな! ぜひそうしてくれ!」

彼はまたもやポケットから札束をつかみだし、百ルーブル紙幣を三枚ぬいて、売台の上に放ると、急いで店を出ました。

みなが彼のあとにつづき、おじぎしながら、挨拶や餞(はなむけ)の言葉で見送りをしました。

「アンドレイ」は今しがた飲み干したばかりのコニャックに咽喉を鳴らし、馭者台にとびのりました。

ところが、「ミーチャ」が乗りこもうとしかけたとたん、突然、降って湧いたように、「フェーニャ」が姿をあらわしました。

彼女は全身で息をあえがせながら走りよると、悲鳴とともに両手を合わせ、彼の前にがばとひれ伏しました。

「旦那さま、ドミートリイさま、どうか奥さまを殺さないでくださいまし! わたしが何もかも旦那さまに話してしまったのですから! それにあのお方も殺さないでください、とにかくあのお方は奥さまの以前の恋人なんでございますから! 今度、結婚なさるので、そのためにシベリヤから帰ってらしたんですもの・・・・旦那さま、ドミートリイさま、どうか人の命をとらないでくださいまし!」

「なあるほど、そういうわけだったのか! そうか、これから向うでひと騒ぎやらかす気だな!」

「ペルホーチン」がひそかにつぶやきました。

「これですっかりわかったよ、ドミートリイ・フョードロウィチ、これでわからなきゃふしぎだ。さ、もし人間でありたいんなら、今すぐ僕にピストルをよこしたまえ」

彼は大声で「ミーチャ」に叫びました。

「きこえるんだろ、ドミートリイ」

「ピストル? 待てよ、君、あれは途中でどぶにでも棄てるさ」

「ミーチャ」は答えました。

「フェーニャ、立てよ、俺の前にひれ伏したりしないでくれ。このドミートリイは人なんぞ殺さんよ、こんなばか者だって今後は殺したりするもんか。あ、そうそう、フェーニャ」

「今後は・・・・」というのは気になる発言ですね、実際に彼は何を指してそう言っているのかわかりませんが。

もう座席についてから、彼は叫びました。

「さっきお前にひどいことをしたけど、どうか赦しておくれ、この卑劣漢を哀れと思って赦してくれ・・・・赦してくれなくても、どうせ同じことだけど! なぜって、今となっちゃ、もうどうだっていいんだからな! さ、やれ、アンドレイ、思いきりすっとばすんだ!」


こういう時になってまで彼は相手のことを気遣っています。


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