六 みずから乗りこむぞ!
一方、「ドミートリイ」は街道をとばしていました。
モークロエまでは、二十キロと少しでしたが、「アンドレイ」のトロイカはひた走りつづけましたので、一時間十五分くらいで行きつけそうな勢いでした。
(690)で「ネットで馬車の速度を調べましたら、通常移動で6km以内、中速移動で10km以内、高速移動で20km以内となっており、全力でも20kmほどしかスピードは出ませんとのことでした。」と書きました、馬の頭数や乗る人数などによっても、速度は変わってくるとおもいますが、この記述は辻褄が合います。
「モークロエまでは二十キロと少し」とのことですので、新宿から府中くらいの距離になります。
とぶような疾走がふいに「ミーチャ」の心をさわやかにしたかのようでした。
大気はひんやりとさわやかで、澄みきった空には大きな星がかがやいていました。
それは、「アリョーシャ」が大地に倒れ伏して、『永遠にこの大地を愛すると狂ったように誓いつづけた』あの同じ夜であり、ことによると同じ時刻かもしれませんでした。
これは(678)のシーンです。
しかし、「ミーチャ」の心は乱れ、ひどく騒いでいたので、さまざまなことが今彼の心を責めさいなんでいたとはいえ、この瞬間には全存在が、最後に一目見るためにこうして馬車をとばしてゆく、彼の女王の方へ、ただ彼女の方へのみ、さからいえぬ力で引き寄せられていました。
一つだけ断っておきますが、彼の心は一瞬たりとライバル意識に燃えさえしませんでした。
そう言っても信じてもらえぬかもしれませんが、この嫉妬深い男が、地の底から湧いたようにふいに出現した新しい人物、新しいライバルである《将校》に対しては、いささかの嫉妬もおぼえなかったのです。
ほかのだれであれ、そういう人物が現われたなら、彼はとたんに嫉妬し、ひょっとすると恐ろしい手をまた血で染めたところだろうに、この《彼女の最初の男》に対しては、今こうしてトロイカをとばしながらも、嫉妬の憎しみはおろか、敵意さえ感じませんでした-もっとも、この男にはまだ会ったこともなかったのです。
『この場合、論議の余地はない。彼女と男の当然の権利なのだ。これが彼女の最初の恋だったのだし、彼女は五年もそれを忘れずにいたんだからな。つまり、この五年間、彼女はその男だけを愛しつづけていたのだ。それなのに俺は、なんだって俺はそんなところへ割りこんでいったんだろう? この場合、俺なんぞ何だというのだ、何の関係がある? 身を引くんだ、ミーチャ、道を譲れ! それに今の俺はいったい何だ? 今となっては、その将校がいなくたって、すべて終りじゃないか。たとえ将校が全然あらわれなかったとしても、どうせ何もかも終りなんだ・・・・」
もしも今の彼に判断する力があったとしたら、自分の今の感じをほぼこんな言葉で述べたにちがいない。
ここのところはめずらしい表現ですね、『』書きの中は「ドミートリイ」が思ったことではなくて、語り手が「ドミートリイ」の心を想像して書いています、そして彼が嫉妬をしなかったのは、自分では気づいていませんが、それは感情より、理屈であり、論理であったわけですね。
しかし、そのときの彼はもはや判断することなどできませんでした。
今の彼の決意はすべて、判断ぬきに一瞬のうちに生れたものであり、先ほど「フェーニャ」のところで、彼女の最初の数言をきいただけで、ただちに心に感じ、その結果生ずるあらゆる事態を承知のうえでそっくり採択されたものでした。
(717)の「駆けこんできたときから、すでに二十分ほどたっていました。先ほどの驚愕は消えましたが、どうやら、今度はもう何か新たな不屈の決意がすっかり彼を捉えたようでした。」のところですね。
だが、せっかくの決心にもかかわらず、やはり心は乱れ、苦しいほど騒いでいました。
その決意も平静をもたらしてはくれませんでした。
あまりにも多くのものが心にわだかまり、苦しめるのでした。
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