この上なく不快な気分で飲屋につくと、彼はすぐにゲームをはじめました。
ゲームは気持を晴らしてくれました。
もう一ゲーム終ると、彼はふいに相手の一人に、「ドミートリイ・カラマーゾフ」がまたもや大金をつかんだことや、三千ルーブルくらいあるのをこの目で見たこと、また「グルーシェニカ」とモークロエで豪遊しに繰りだしたことなどを話しはじめました。
この話はきき手たちにほとんど予想外とも言えるほどの好奇心で受けとられました。
だれも笑いもせず、なにか異様なくらい真顔で話しだしました。
ゲームさえ中断したほどでした。
この会話を挿入することによって、町の人と「ドミートリイ」との関係が浮かび上がってきます、普段この飲屋で彼に接している町の人は、恐らく彼の中にある何か不穏なものを予感していたのでしょう。
「三千ルーブル? どこから三千もの金が入るんだろう?」
さらにくわしく質問が浴びせられました。
「ホフラワコ夫人」に関するニュースは、眉唾ものとして受けとられました。
この一文も町の人の庶民的な判断でありおもしろいです、しかし「ペルホーチン」自身はどう思っていたのでしょう、これほど一刀両断に判断できずもやもやしていたのではないでしょうか。
「親父から奪ったんじゃないか、てっきりそうだぜ?」
「三千もね! なんだかおかしいな」
「親父を殺すと公言していたしな、みんながここできいたんだ。そう言や、三千ルーブルの話をしていたぜ・・・・」
「ペルホーチン」はこれをきくと、ふいに質問に対して言葉少なに素気なく答えるようになりました。
「ミーチャ」の顔や手についていた血に関しては一言も触れませんでしたが、ここへくるときには、話す気になりかけていたのでした。
「ペルホーチン」はそもそも楽観的な人間ですね、自分ではうすうす気づいているとは思いますが、その考えを消し去ろうとしています、自分にとって嫌なことは考えないタイプです、そして「ミーチャの顔や手についていた血に関して」は「ここへくるときには、話す気になりかけていた」のにやめたということは、町の人の意見を聞いたことで風向きが変わって何か自分の方がおかしいのではないかとやっとここで気づきはじめたのですね。
三回めのゲームがはじまり、「ミーチャ」の話はしだいに消えていきました。
だが、三回目のゲームを終えると、「ペルホーチン」はそれ以上つづけようとせずに、キューを置き、予定していた夜食もとらずに、飲屋を出ました。
広場に出て、彼は意を決しかね、自分の気持をふしぎにさえ思いながら、立ちどまりました。
突然、今すぐ「フョードル」の家に行って、何事も起らなかったか確かめてみるつもりになっていることに気づいたのです。
『蓋を開けてみりゃ下らないにきまっていることのために、赤の他人の家をたたき起して、みっともない騒ぎをしでかすなんて。ふう、畜生、俺があいつの伯父さんてわけでもないし』
この上なく不快な気分で彼はまっすぐわが家に向いましたが、突然「フェーニャ」のことを思いだしました。
『えい、畜生、さっきあの女にきけばよかったのに』
腹立たしさにかられながら、彼は思いました。
『すべてわかっただろうにな』
すると、彼女と話して確かめたいという、どうにもこらえきれぬ執拗な望みが心の内に燃えだしたため、彼は途中から、「グルーシェニカ」が一棟借りていたモロゾワの屋敷に方向を転じました。
門に歩みよって、ノックすると、夜のじじまにひびき渡るその音が、ふたたび急に彼を冷静に戻し、憤らせるかのようでした。
おまけに、だれ一人応ずる者はなく、家の者はみな眠っていました。
『こんなところでまで、俺はみっともない騒ぎを引き起すのか!』
もはや一種の苦しみを心に抱きながら、彼は思いましたが、思いきりよく立ち去る代りに、突然また、今度はもう力いっぱいノックしはじめました。
通りじゅうに騒音がひびきました。
『こうなったらやめないぞ、起きるまでたたいてやる、たたき起してやるんだ!』
音が一つひびくごとに凶暴なほど自分に対して腹を立て、しかも同時に門のノックをいっそう強くしながら、彼はつぶやきました。
このあたりの物語の進行は「ペルホーチン」の気持の移り変わりを微妙かつ大胆にあらわしていると思います、つまり冷静だった彼が何か不本意なことに気づきつつも、やがて気持ちをうまくコントロールできなくなり、さらに今や狂気を帯びているかのような行動にかりたてられているのです。
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