「わたしの女神!」
ソファの男が叫びました。
「あなたのおっしゃることは、法律です。ご機嫌がわるいのを見て、わたしまで悲しいのです。わたしはかまいませんよ、あなた」
「ドミートリイ」をかえりみて、彼はこう結びました。
「はじめよう、諸君!」
「ミーチャ」はポケットから札束をつかみだし、その中から百ルーブル札を二枚テーブルの上に置きながら、すかさず言いました。
「僕はね、あなたにうんと負けたいんですよ。さ、カードを取って、賭けてください」
「ドミートリイ」は大金を持って捨て鉢の状態ですから、勝負はどうでもよくむしろ負けた方がいいのでしょう。
「カードはここの主人から借りるいいですね」
小柄なポーランド人が押しつけがましく、真顔で言いました。
まだこのパイプを吸うポーランド人の名前が出てきませんね、一緒に来ている「ヴルブレフスキー」よりは、重要な人物であるはずなのですが。
また、翻訳文の関係でポーランドの訛りが何だか中国語みたいですね。
「それが最良の方法だね」
「ヴルブレフスキー」が相槌を打ちました。
「主人から? いいでしょう、わかりました。主人のでもかまいませんよ、それは立派なもんだ! おい、カードだ!」
「ミーチャ」は主人に命じました。
主人がまだ封を切らぬカードを持ってきて、「ミーチャ」に、もう娘たちは集まっているし、シンバルを持ったユダヤ人たちもおそらく間もなくくるはずだが、食料品を積んだ馬車がまだ間に合わない、と告げました。
「ミーチャ」はテーブルの前からとび離れ、すぐ指図をしに隣の部屋に走りました。
しかし、娘は全部で三人来ているだけだったし、それに「マリヤ」もまだでした。
おまけに彼自身も、どう指図すればよいのか、何しに走りでてきたのか、わからぬ始末でした。
そこで、箱から土産物や、ドロップや、ヌガーを出して娘たちに分け与えるようにと、それだけ言いつけました。
「それから、アンドレイにウォトカをやってくれ。ウォトカをアンドレイにな!」
彼は手早く命令しました。
「アンドレイにわるいことをしたよ!」
このとき、あとを追って走りでてきた「マクシーモフ」が、ふいに彼の肩に手をかけました。
「わたしに五ルーブル貸してくださいませんか」
彼は「ミーチャ」にささやきました。
「わたしもバンクで運だめしをしたいもんで、ひ、ひ!」
「それはいい、上出来だ! 十ルーブル持っていきなさい、ほら!」
彼はまたポケットから札を全部引っ張りだして、十ルーブル札を探しだしました。
「負けたら、またいらっしゃい、またね・・・・」
「わかりました」
「マクシーモフ」は嬉しそうにささやいて広間に駆けこんで行きました。
「ミーチャ」もすぐに戻り、待たせたことを詫びました。
ポーランド人たちはすでに席につき、カードの封を切っていました。
今までずっと愛想よく、やさしいと言ってもよいような顔つきでした。
ソファの男は新しくパイプに火をつけ、カードを切る用意をしていました。
その顔には一種の荘厳さすらあらわれていました。
「席についてください、みなさん!」
「ヴルブレフスキー」が宣しました。
「いや、僕はもうやりませんよ」
「カルガーノフ」が答えました。
「さっき、五十ルーブルも負けたんですよ」
「あなた運わるかったです、今度は運よくなるかもしれません」
ソファの男が彼の方を向いて言いました。
「いくらのバンクです? 制限つきですか?」
「ミーチャ」はかっかしていました。
「いくらでもそうぞ。百でもいいです、二百でもかまいません、いくらでも賭けてください」
「百万だ!」
「ミーチャ」は哄笑しました。
「哄笑(こうしょう)」とは、どっと笑うことですね。
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