2018年5月29日火曜日

789

「落ちついてくださいよ、ドミートリイ・フョードロウィチ」

どうやら、夢中になっている相手を自分の冷静さで征服するつもりらしく、予審調査官が注意しました。

「尋問をつづける前に、もしあなたが返事をなさることを承知してくださりさえするなら、たしか、あなたは亡くなったフョードル・パーヴロウィチをきらいで、いつも何か喧嘩をしていらしたということなので、その事実の裏付けを伺いたいと思うのですが・・・・少なくとも、十五分ほど前にここであなたは、たしか、お父上を殺したいと思ったことはあるとおっしゃいましたね。『殺しはしなかったが、殺したいと思ったことはある!』と叫んでおられましたよ」

これは(785)ので「ドミートリイ」が突然立ちあがり両手をかざして、「無実だ! その血なら無実だ! 親父の血に関しては、僕は無実です・・・・殺したいと思ったことはあったけれど、無実です。僕じゃない!」と大声で叫んだことを言っています。

「僕がそんなことを叫びましたか? そう、ありうることですね、みなさん! そう、不幸なことに、僕は父を殺したいと思ったことがあるんです、何度もそう思いましたよ・・・・不幸な話だ、不幸な話ですよ!」

「思ったことがあるんですね。お父上の人柄に対してそれほどの憎しみをいだかれたのは、いったい、どういう信念によるものなのか、ご説明ねがえませんか?」

「何を説明しろというんです、みなさん!」

「ミーチャ」は目を伏せて、不機嫌に肩をそびやかしました。

「僕は自分の感情を隠したりしませんでしたから、そのことなら町じゅうが知ってますよ。飲屋に行きゃ、だれだって知ってます。ついこの間も、修道院のゾシマ長老の庵室ではっきり言ったばかりですしね・・・・あの日の夕方、僕は親父を殴り倒して、ほとんど半殺しの目に会わせたあげく、あらためて出直して殺してやると言いきったんです、何人も証人もいる前でね・・・・そう、証人なら千人も集められますよ! まるひと月どなりつづけていたんだから、みんなが証人です! 事実は目の前にある、事実は語り、叫んでいる、しかし感情は、みなさん、感情は別問題ですよ。そうでしょう、みなさん」

「ミーチャ」は眉をひそめました。

「感情のことまでたずねる権利なぞ、あなた方にはないと思いますがね。たとえ、権利を与えられているにせよ、僕だってそれはわかるけど、しかしこれは僕の問題ですからね、僕の内心の問題じゃりませんか、プライヴェートな・・・・でも、これまで僕は自分の感情を隠してきませんでしたから・・・・たとえば飲屋などで、だれかれかまわず一人ひとりに話してきたもんです、だから・・・・だから今もべつに秘密は作らないことにしましょう。そりゃね、みなさん、この場合僕に対して恐ろしい証拠がいくつもあることくらい、僕だってわかっています。親父を殺してやると、みんなに言っていたら、突然その親父が殺されたんですからね。この場合、僕じゃなくてどうします? は、は! 僕はあなた方を赦してあげますよ、みなさん、大目に見てあげます。僕自身、度肝をぬかれたほどですから。だって、僕でないとすると、その場合、結局誰が親父を殺したんです? そうじゃありませんか? 僕でなければ、だれです、だれなんですか? みなさん」

ふいに彼は叫びました。

「僕は知りたいんだ、いや、むしろ要求します。親父はどこで殺されていたんですか? 何で、どうやって? 教えてください」

検事と予審調査官を見くらべながら、彼は早口にたずねました。

まだこのあたりでは「ドミートリイ」には絶対の自信がありますね、いくら心の中で殺したいと思っていても自分は犯人ではないのだから当然そのことはいずれわかると思っているのです。


そして、彼は「感情」のことについてふれています、つまり「感情」は「内心の問題」で個人の自由であるということを言いたいのでしょう、しかしよくわからないのですが、刑法は犯罪の動機を求めるために個人の内心についても踏み込んできますよね、そして「内心」と「感情」の関係も複雑だと思います。


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