昨夜の金額に関して「トリフォン」は、「ドミートリイ」自身が馬車を下りるなり、三千ルーブル持ってきたと公言した旨、ずばりと証言しました。
「いい加減にしろよ、そんな、トリフォン」
「ミーチャ」は反駁しかけました。
「三千ルーブル持ってきたなんて、そんなにはっきり言いきったかよ?」
水掛け論になっていますが、(739)の会話で「なあ、トリフォン、あのときここで俺がばらまいたのは、千ルーブルじゃきかなかったろうが。おぼえてるか?」「派手にお使いになりましたからね、忘れるはずがございませんよ、旦那。たぶん三千ルーブルはここに落としてらしたでしょうよ」「今度もそのつもりで来たんだ、ほら」という部分がありましたが、その時も「ドミートリイ」自身は千ルーブルと控え目に言っていました、かりに三千ルーブル使ったとすると、本人は最初からそういうでしょう。
「おっしゃいましたとも、ドミートリイの旦那。アンドレイのいる前でおっしゃいました。そう、下に当のアンドレイがいますよ、まだ帰らなかったんで。あの男をおよびになってくださいまし。それから、向うの広間でコーラスに大盤振舞いなさったときにも、ここに六千ルーブルおとしていくと、あんなにはっきり叫んでらしたし。つまり、前回の分と合わせてという意味ですよ。ステパンやセミョーンもきいてますし、それにカルガーノフさまもあのとき旦那とならんで立っておいででしたから、たぶんおぼえておられるはずでさ」
六千ルーブルという証言は、異常な印象で尋問側に受けとられました。
この新しい表現が気に入ったのです。
三たす三は六であり、したがってあのときの三千と今回の三千を足せば、全部で六千ということになります。
結果は明らかでした。
「トリフォン」が名前をあげた、ふたりの百姓「ステパン」と「セミョーン」、馭者の「アンドレイ」、「カルガーノフ」が、全部尋問されました。
百姓たちと馭者はためらうことなく、「トリフォン」の証言を裏付けました。
だとすると「カルガーノフ」は何かためらったのですね、これはどういう事情からなんでしょうか。
そのほか、「アンドレイ」の証言から、途中で「ミーチャ」と交わした「このドミートリイ・カラマーゾフはどこへ行くんだろう、天国かな、それとも地獄だろうか。あの世で俺は赦してもらえるだろうか?」という会話も、特に記録されました。
《心理学者》の「イッポリート」検事は微妙な笑みをうかべてこれらすべてをきき、結局、「ドミートリイ・カラマーゾフ」はどこへ行くんだろうというこの証言も、《事件に関連させる》ようすすめました。
召喚された「カルガーノフ」は、気むずかしげな、むら気そうな顔つきでしぶしぶ入ってくると、検事や「ネリュードフ」とは古い知人で毎日顔を合わせている仲だというのに、まるで生れてはじめて会ったような口のきき方をしました。
彼は口を開くなり、「この事件は何一つ知らないし、知りたくもない」と言ってのけました。
これは、自分は「この事件のことは何も知らないし、関わりたくもない」ということでしょうか。
しかし、六千ルーブルという言葉は彼も耳にしたことがわかりましたし、そのとき隣にいたことも認めました。
彼の見たところでは、「ミーチャ」の所持金は「どのくらいだか、わからない」ということでした。
ポーランド人たちがカードでいかさまをやったことに関しては、肯定する証言をしました。
さらに、再度の質問に対して、ポーランド人たちがたたきだされたあと、たしかに「ミーチャ」と「アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ」の関係が良くなり、彼女自身も彼を愛していることを告げた、と説明しました。
「アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ」については、まるで彼女が最高の上流社会の貴婦人であるかのように、敬意をこめて控え目に語り、一度たりと《グルーシェニカ》と呼びすてるような真似はしませんでした。
さすがに「カルガーノフ」は客観的事実だけを述べ、推測はさけていますね、彼は証言の重要性を認識しており、その証言次第で「ドミートリイ」の人生が左右されることがわかっていますので、自分が見聞きしたことだけを証言しています。
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