そして彼は、たしかにこれは気違いじみた、わけのわからぬきき方にはちがいないが、自分はぜひともこういうきき方をしたい、ぜひこうきかねばならないのだと、ひそかに感じています。
さらにまた、いまだかつてなかったようなある種の感動が心に湧き起り、泣きたくなるのを感じます。
もう二度と童が泣いたりせぬよう、乳房のしなびた真っ黒けな童の母親が泣かなくてもすむよう、今この瞬間からもはやだれの目にもまったく涙なぞ見られぬようにするため、今すぐ、何が何でも、カラマーゾフ流の強引さで、あとに延ばしたりすることなく今すぐに、みんなのために何かしてやりたくてなりません。
「あたしもいっしょよ。これからはあなたを見棄てはしない。一生あなたといっしょに行くわ」
感情のこもったやさしい「グルーシェニカ」の言葉が、すぐ耳もとできこえます。
とたんに心が燃えあがり、何かの光をめざして突きすすみます。
生きていたい、生きていたい、よび招くその新しい光に向って、何らかの道をどこまでも歩きつづけて行きたい、それもなるべく早く、一刻も早く、今すぐに、たった今からだ!
「どうした? どこへ行くんだ?」
目を開け、トランクの上に坐り直しながら、まるで意識を取り戻したかのように、晴ればれとした微笑をうかべて、彼は叫びます。
のぞきこむようにして「ネリュードフ」が立っており、調書を一通りきいてサインするよう彼をよんでいます。
「ドミートリイ」は、自分が一時間かあるいはそれ以上眠っていたのだと思い当たりましたが、「ネリュードフ」の言葉に耳をかそうとしませんでした。
それにしても、さっき力なくトランクの上に倒れこんだときにはなかったはずの枕が、頭の下にあてられていることを知って、彼はふいに心を打たれました。
「どなたが枕を持ってきてくださったんです? どなたですか、そんな親切な方は!」
まるでたいへんな好意にでも接したかのように、感激にみちた感謝の気持をこめて、彼は泣くような声で叫びました。
親切な人はその後も結局わからずじまいでした。
証人のだれかが、あるいは「ネリュードフ」書記あたりが同情心から枕をあてがうように配慮してくれたのだろうが、「ミーチャ」は心が涙にふるえるような気持でした。
誰が枕を持ってきてくれたのか私もしりたいですが、このままわからないのでしょうか。
彼はテーブルに歩みより、何にでもサインすると申し出ました。
「ずばらしい夢を見てたんですよ、みなさん」
喜びに照らされたような、何かまったく新しい顔つきを見せながら、彼は異様な口調で言いました。
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