姉娘の「ナースチャ」は、もう八歳で、本が読めたし、下のちびっ子である七つの男の子「コースチャ」は、姉さんに本を読んでもらうのが大好きでした。
「ナースチャ」は「アナスタシア」の愛称で、「コースチャ」は「コンスタンチン」の愛称だそうです。
もちろん、「コーリャ」はもっとおもしろい遊びをしてやることもできました。
つまり、二人を一列にならばせて兵隊ごっこをしたり、家じゅう使って隠れん坊をしてもよかったのです。
これまでにも一度ならず、そうして遊んでやったことがあるし、遊んでやるのはきらいではありませんでした。
そのため、一度なぞクラスじゅうに、「コーリャ・クラソートキン」は家にかえると下宿人の子供たちと馬車ごっこをやって、副馬(そえうま)の役で跳ねたり、首を曲げたりしているという噂が広まりかけたほどですが、「コーリャ」は、かりに自分が同年代の十三歳の仲間と《今のような時代に》馬車ごっこをやったりすれば、たしかに恥ずべきことであろうが、自分は《ちびっ子たち》をかわいがっていればこそ、その子たちのためにそんな遊びをしてやるのであり、彼の感情をとやかく言ったりすることはだれにもできぬはずだということを明らかにして、傲然とそんな非難を一蹴しました。
副馬(そえうま)とは「馬車などで、主になって引く馬に付き従わせる馬。また、乗り換え用の馬。」とのことです。
その代り《ちびっ子たち》は二人とも、彼をあがめていました。
しかし、今の場合、遊びどころではありませんでした。
彼は自分自身のさる重大な、一見ほとんど秘密に近いような用件を目の前に控えていたからです。
にもかかわらず、時間はたってゆくのに、子供たちを預けていかれそうな「アガーフィヤ」は相変わらず市場から戻る気配がありませんでした。
彼はもう何回か玄関の土間を突っ切って、ドクトル夫人のドアを開け、気がかりそうに《ちびっ子たち》の様子をのぞいてみましたが、子供たちは彼の言いつけどおり、本の前に向っており、彼がドアを開けるたびに、今度こそ入ってきて何かすてきな楽しいことをしてくれるだろうと期待しながら、無言のまま口を大きく開いてにっこりしました。
しかし、「コーリャ」は精神的な心配事にとらえられていましたので、部屋には入りませんでした。
ついに十一時が鳴りました。
あと十分しても、《いまいましい》「アガーフィヤ」が戻らなければ、出かけようと、彼は最終的に固く決心しました。
もちろん、自分がいなくとも、こわがったり、いたずらしたり、こわさに泣いたりしない、という約束を《ちびっ子たち》から取りつけたうえでです。
こう考えて、彼はオットセイか何かの毛皮の襟のついた綿入れの冬外套を着こみ、鞄を肩にかけ、《こんな寒空》に外出するときには必ずオーバーシューズをはくようにという、これまでに一度ならずくりかえされた母の頼みにもかかわらず、玄関の土間を通りしなにオーバーシューズを軽蔑の目で眺めやっただけで、長靴のまま外に出ました。
彼の外套姿を見ると、「ペレズヴォン」は全身を神経質にふるわせながら、必死に尾で土間をたたきはじめ、哀れっぽい鳴き声さえあげかけましたが、「コーリャ」は愛犬のこれほど熱心なひたむきな様子を見ても、それが規律を乱すものであると結論し、ほんの一分ほどでこそありましたが、さらにベンチの下に伏せさせておりて、もう玄関へ出るドアを開けてからやっと、だしぬけに口笛を吹いてやりました。
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