「アリョーシャ」は、「コーリャ」の視線をとらえて、必死にまた合図を送りましたが、相手も今度も気づかなかったふりをして、目をそらせました。
「どこかへ逃げてって、そのまま行方知れずさ。あんなご馳走をもらったんだもの、行方不明になるのも当然だよ」
「コーリャ」は無慈悲に言い放ちましたが、その実、当人もなぜか息をはずませはじめたかのようでした。
「その代り、僕のペレズヴォンがいるさ・・・・スラブ的な名前だろ・・・・君のところへ連れてきてやったよ・・・・」
「いらないよ!」
突然「イリューシャ」が口走りました。
「いや、いや、いるとも。ぜひ見てくれよ・・・・気がまぎれるから。わざわざ連れてきたんだもの・・・・あれと同じように、むく毛でさ・・・・奥さん、ここへ犬をよんでもかまいませんか?」
だしぬけに彼は、何かもうまったく理解できぬ興奮にかられて、「スネギリョフ」夫人に声をかけました。
「いらない、いらないってば!」
悲しみに声をつまらせて、「イリューシャ」が叫びました。
その目に非難が燃えあがりました。
「それは、あの・・・・」
坐ろうとしかけた壁ぎわのトランクの上から、ふいに二等大尉がとびおりました。
「それは、あの・・・・また次の機会にでも・・・・」
彼は舌をもつれさせて言いましたが、「コーリャ」は強引に言い張り、あわてながら、突然「スムーロフ」に「スムーロフ、ドアを開けてくれ!」と叫び、相手がドアを開けるやいなや、呼び子を吹き鳴らしました。
「ペレズヴォン」がまっしぐらに部屋にとびこんできました。
「ジャンプしろ、ペレズヴォン、芸をやれ! 芸をやるんだ!」
「コーリャ」が席から跳ね起きて叫ぶと、犬は後肢で立ち、「イリューシャ」のベッドの前でちんちんをしました。
と、だれ一人予期しなかった事態が生じました。
「イリューシャ」がびくりとふるえ、突然力いっぱい全身を前にのりだして、「ペレズヴォン」の方に身を曲げると、息もとまるような様子で犬を見つめたのです。
「これは・・・・ジューチカだ!」
ふいに苦痛と幸福とにかすれた声で、彼は叫びました。
これが「コーリャ」がひとりきりでひと月かけて作り上げた物語のクライマックスですね。
「じゃ、君はなんだと思ってたんだい?」
よく透る、幸せそうな声で精いっぱい叫ぶと、「コーリャ」は犬の方にかがみこんで、抱きかかえ、「イリューシャ」のところまで抱きあげました。
「見ろよ、爺さん、ほらね、片目がつぶれてて、左耳が裂けてる。君が話してくれた特徴とぴたりじゃないか。僕はこの特徴で見つけたんだよ! あのとき、すぐに探しだしたんだ。こいつは、だれの飼い犬でもなかったのさ。だれの飼い犬でもなかったんですよ!」
急いで二等大尉や、夫人や、「アリョーシャ」をふりかえり、それからふたたび「イリューシャ」に向って、彼は説明しました。
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