「あたしってばかね、あの以前の男も病気になったというから、ミーチャに面会に行くとき、ほんのちょっとの間、あの男のところにも寄ってみたの」
「グルーシェニカ」がそわそわと落ちつかぬ様子で、また話しはじめました。
「あたし、それを笑いながら、ミーチャに話してきかせたの。あのねえ、あのポーランド人たらギターをとって昔の歌をうたいはじめるのよ、あたしがほろりとして舞い戻るとでも思ってるのかしらね、って。ところが、ミーチャったら、いきなり跳ね起きて悪態をならべるんだもの・・・・いいわ、あのポーランド人にピロシキを届けてやるから! フェーニャ、いつもの女の子がお使いにきたの? それじゃ、その子に三ルーブルと、ピロシキを十ばかり紙にくるんで、先方へ持たせてやって。それから、アリョーシャ、あたしがピロシキを届けてやったことを、あなたの口から必ずミーシャに話してね」
(909)で「グルーシェニカ」は「・・・・あたしが出てきたのと入れ違いに、ラキートカが来たわ。ひょっとすると、ラキートカがたきつけているのかもね?」と言っていましたが、自分で話しているんですね。
「決して話すもんですか」
苦笑して、「アリョーシャ」が言いました。
「あら、あの人が憎むとでも思ってるのね。だってあの人、わざと妬いてみせたのよ、あの人自身にしてみればどうだっていいことなんですもの」
「グルーシェニカ」が悲痛に言いました。
「わざとですって?」
「アリョーシャ」がたずねました。
「あなたって鈍い人ね、アリョーシェニカ、そうよ、そんなに頭がいいのに、こういうことになると何もわからないんだから、ほんと。あの人があたしみたいな女に妬いたからって、腹立たしくもないのよ、かりに全然妬いてくれなかったら、腹も立つでしょうけどね。あたしってそういう女なの。妬かれても腹は立たないの。あたし自身、気性がはげしいから、あたしのほうが妬くんだわ。あたしが癪にさわるのは、あの人があたしなんか全然愛してもいないのに、今になってわざと(三字の上に傍点)妬いたりしてることだわ、そうよ。あたしが盲で、何も見えないとでも思ってるのかしら? 今になっていきなり、あたしにあの女のことを、カーチカのことを話すなんて。あれはこういう立派な女性で、俺のためにモスクワの名医を裁判によんでくれた、俺を救うためによんでくれたんだ、弁護士もいちばん腕ききの、いちばん学識のあるのを付けてくれたんだぞ、ですって。あたしに面と向ってほめるからには、つまり、あの女を愛してるんだわ、恥知らずよ! 自分こそあたしに顔向けならない身のくせに、あたしに言いがかりをつけるなんて。自分より先にあたしを悪者にして、あたし一人にすべてを押っかぶせるためなんだわ。『お前は俺より前にポーランド人とできてたんだから、俺とカーチカがそうなってもむりはないぜ』なによ、この言いぐさ! あたし一人に罪を全部かぶせる気なのね。わざと言いがかりをつけたんだわ、わだとよ、こうなったらあたしはもう・・・・」
三角関係のごたごたですね、それはそうと「モスクワの名医」というのは、(880)で「いずれあとでしかるべき場所で述べる別の目的のために」と謎を残して書かれている「カテリーナ」が大金を投じてわざわざモスクワからよびよせて招いた医者のことでしょうか、この医者なら彼女がついでにと依頼して「イリューシャ」も診察を受けた医者です、しかし弁護士はともかく医者は「ドミートリイ」の精神鑑定のためでしょうか。
「グルーシェニカ」は、自分が何をするつもりかを、みなまで言わずに、ハンカチで目を覆い、よよと泣きくずれました。
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