「兄はカテリーナ・イワーノヴナを愛してなんかいませんよ」
「アリョーシャ」がきっぱりと言いました。
「なに、愛してるかいないか、すぐにあたしが自分で突きとめてみせるわ」
目からハンカチを離しながら、「グルーシェニカ」はどす(二字の上に傍点)のきいた声で言い放ちました。
顔がゆがみました。
彼女の顔がふいに、それまでの柔和な、静かな明るさをたたえたものから、気むずかしい険悪なものに一変するのを、「アリョーシャ」は痛々しい思いで見ました。
「こんなばかな話はもうたくさんだわ!」
彼女は突然ぴしりと言いました。
「あなたをよんだのは、こんな用事でじゃないんですもの。アリョーシャ、ねえ、明日のことよ。明日どうなるのかしら? それがあたしには苦しくて。苦しんでるのは、あたし一人なんですもの! みんなを見ても、だれもそんなことなぞ考えてないし、だれも知ったこっちゃないって顔をしているわ。せめて、あなたくらいは考えているんでしょう? だって明日は公判じゃないの! どんな裁きがつくか、教えてちょうだい! だって、あれは召使が、召使が殺ったのよ、召使が! ああ! ほんとにあの人、召使の身代りに裁かれるのかしら、だれもあの人をかばってくれないの? だって、あの召使は全然お咎めなしなんでしょう、ねえ?」
「きびしい取調べをしたんですが」
「アリョーシャ」が考えこむように言いました。
「みんながあの男じゃないと結論したんです。今あの男は重病で寝ています。あのときの癲癇以来、病気なんですよ。本当にわるいようです」
「アリョーシャ」は言い添えました。
「ああ、あなたがご自分でその弁護士のところへ行って、差向いで一部始終を話してらっしゃればいいのに。だって、三千ルーブルも払ってペテルブルグから招いたというんでしょう」
「あの三千ルーブルは、僕と、イワン兄さんと、カテリーナ・イワーノヴナの三人で出したんですが、モスクワの医者はあの人お一人で二千ルーブル出してよんでくれたんです。弁護士のフェチュコーウィチも、もっと多く取りたいところでしょうが、この事件はロシア全土に反響をよんで、どの新聞や雑誌でも書きたてているもんだから、フェチュコーウィチもむしろ名声のために弁護を承諾したんですよ、なにしろあまりにも有名な事件ですからね。僕は昨日会ってきました」
「で、どうでした? 話してみたんでしょう?」
「グルーシェニカ」がせきこんで叫びました。
「話は全部きいてくれましたが、べつに何も言いませんでしたよ! もうはっきりした見解ができているって言ってました。でも、僕の言葉は考慮に入れるって約束してくれましたけどね」
「考慮に入れるですって! ああ、みんな詐欺師よ! あの人を破滅させちゃうわ! それに、お医者なんか、あの女はなぜお医者をよんだんですの?」
わたしとおんなじ疑問ですね。
「鑑定人としてですよ。兄が精神異常で、錯乱状態におちいって、われを忘れて殺した、という結論を出すつもりなんです」
やっぱり医者を呼ぶということは精神鑑定しかないでしょう。
「アリョーシャ」は静かに微笑しました。
「ただ、兄はそれには同意しないでしょうけど」
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