2018年11月2日金曜日

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「いや、お前は知ってるんだ・・・・でなけりゃどうして・・・・お前が知らないなんて、そんなはずはない・・・・」

しかし、ふいに彼は自分を抑えたかのようでした。

たたずんだまま、何か思案しているみたいでした。

異様な嘲笑がその唇をゆがめました。

「兄さん」

「アリョーシャ」がふるえる声でまた言いだしました。

「僕があんなことを言ったのは、兄さんが僕の言葉をきっと信じてくれるからです。僕にはそれがわかるんです。あなたじゃない(七字の上に傍点)、という今の言葉を、僕は一生をかけて言ったんですよ。いいですか、一生をかけて、兄さんにああ言えと、神さまが僕の心に課したんです、たとえ今の瞬間から、兄さんが僕を永久に憎むようになったとしても・・・・」

しかし、どうやら「イワン」はもうすっかり自制する余裕を得たようでした。

「アレクセイ・ヒョードロウィチ」

冷笑をうかべて彼は言いました。

「俺は預言者だの、癩病病みだのは堪えられんのだ。特に神のお使いなんてやつはな。君だってそれくらいわかりすぎるくらい、よくわかっているはずだ。今この瞬間から俺は君と絶交する。それも、おそらく永遠にな。頼むからたった今、この十字路で俺から離れてくれないか。それに君の家へ帰るのは、この横町だ。特に今日は俺のところへ寄らないようにしてもらいたいね! わかったね?」

「今この瞬間から俺は君と絶交する」とはきつい言葉ですね、しかも「おそらく永遠にな」とは兄の言う言葉ではありませんね、気持ちはわからないではありませんが。

彼は向きを変えると、ふりかえりもせず、しっかりした足どりでまっすぐ歩きだしました。

「兄さん」

そのうしろ姿に「アリョーシャ」は叫びました。

「もし今日兄さんの身に何か起ったら、何よりも先に僕のことを思いだしてください!」

しかし、「イワン」は答えませんでした。

「アリョーシャ」は、「イワン」の姿が闇の中にすっかり消えてしまうまで、十字路の街燈のわきにたたずんでいました。

それから彼は向きを変え、横町をゆっくりとわが家に向かいました。

彼も「イワン」もそれぞれ違うところに、一人で下宿していました。

どちらも、がらんとなった父「フョードル」の家に住む気はしなかったからです。

「アリョーシャ」はさる町人の家庭に家具つきの部屋を借りていたし、「イワン」はそこからかなり遠いところに暮し、さる小金を貯えた官吏の未亡人の持ち物である立派な屋敷の離れに、広々とした、かなり居心地のよい住居を借りているのでした。

しかし、この広い離れで彼の面倒を見てくれるのは、ひどい年寄りで、すっかり耳の遠くなった老婆一人きりで、それも全身リューマチにかかり、晩は六時に寝て、朝も六時に起きるという老婆でした。

「イワン」はこのふた月の間に、異常なくらい手数がかからなくなり、まったく一人きりにされているのを非常に好みました。

使っている部屋の掃除さえ自分でしたし、ほかの部屋へはめったに足を入れませんでした。

自分で家の門口まで来て、もう呼鈴の把手に手をかけてから、彼はふと止めました。

全身が怒りにふるえているのを感じたのです。

突然、彼は呼鈴から手を離して、唾を吐きすてると、くるりと背を向け、ふたたびまったく町の正反対に向って歩きだしました。

彼の下宿から二キロほど離れたところにある、さる小さな、傾きかけた丸太組みの家に向ったのですが、そこにはかつての隣人で、「フョードル」の台所によくスープをもらいにきたこともあり、またあの当時「スメルジャコフ」が得意の歌をきかせたり、ギターをひいてやったりした「マリヤ・コンドラーチエヴナ」が住んでいるのでした。

彼女は以前の家を売り払い、今は母親とほとんど掘立小屋にひとしいその家に暮しているのですが、「フョードル」の死以来、ほとんど瀕死の病にかかっている「スメルジャコフ」もそこに住んでいました。

今「イワン」は、ある抑えがたい突然の思いつきに誘われて、彼のもとに向ったのでした。


前から疑問に思っていた三つの場所が解決されました、それは「イワン」と「アリョーシャ」と「スメルジャコフ」の居場所です。


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