「お前はまだそれを知らないんだな。彼女はさる文書を握ってるんだよ。ミーチェニカが親父を殺したことを数学のようにはっきり証明する、自筆の文章をさ」
「そんなもの、あるはずがないでしょう!」
「アリョーシャ」は叫びました。
「どうして、ありえない? 俺は自分で読んだんだぞ」
「そんな文章、あるはずがないですよ!」
「アリョーシャ」は熱をこめてくりかえしました。
「そんなはずはない。だって犯人は兄さんじゃないんですから。あの人じゃありませんよ!」
「イワン」は突然立ちどまりました。
「じゃ、だれが犯人だ、お前の考えだと」
なにか明らかに冷たく彼はたずねました。
その質問の口調にはどこか傲慢なひびきさえありました。
作者はこのように話をした時の、その雰囲気を付け加えることが多いですね、これによって同じ字面でも全然違う印象を受けます、これは作者が字面だけでは、印象が違って読まれるかもしれない部分を考慮して付け加えているのでしょうか。
「犯人はだれか、兄さんは自分で知ってるでしょう」
心にしみるような低い声で、「アリョーシャ」は言い放ちました。
「だれだ? 例の、気のふれた白痴の癲癇病みとやらいう、たわごとか? スメルジャコフ説かい?」
「アリョーシャ」はふいに、全身がふるえているのを感じました。
この一文には何か意味があるのでしょうか、作者はこの一文にどういう意味をもたせて書いたのでしょうか、「全身がふるえていた」ではなく、「全身がふるえているのを感じた」ということは、彼の意思をこえた神の意思なのでしょうか。
「犯人がだれか兄さんだって知っているでしょうに」
力なくこの言葉が口をついて出ました。
彼は息を切らしていました。
「じゃ、だれだ、だれなんだ?」
もはやほとんど狂暴に「イワン」が叫びました。
それまでの自制がすべて、一挙に消え去りました。
「僕が知っているのは一つだけです」
なおもほとんどささやくように、「アリョーシャ」は言いました。
「お父さんを殺したのは、あなたじゃ(五字の上に傍点)ありません」
私は全く予想していませんでしたので、このセリフには鳥肌が立つほど驚きました。
「《あなたじゃない》! あなたじゃないとは、どういうことだ?」
「イワン」は愕然としました。
「あなたがお父さんを殺したんじゃない、あなたじゃありません!」
「アリョーシャ」がしっかりした口調でくりかえしました。
三十秒ほど沈黙がつづきました。
「俺じゃないことくらい、自分でも知っているさ、うわごとでも言ってるのか?」
青ざめた、ゆがんだ笑いをうかべて、「イワン」が言い放ちました。
「アリョーシャ」に視線が釘付けになったかのようでした。
二人ともまた街燈のそばに立っていました。
この緊迫した状況の中で作者は、さきほどの「青ざめた、ゆがんだ笑いをうかべて・・・・」の信憑性を担保するためにまたこの一文を書いています。
「いいえ、兄さん、あなたは何度か自分自身に、犯人は俺だと言ったはずです」
「いつ俺が言った? ・・・・俺はモスクワに行ってたんだぞ・・・・いつ俺がそんなことを言った?」
すっかり度を失って、「イワン」がつぶやきました。
「この恐ろしい二ヶ月の間、一人きりになると、兄さんは何度も自分自身にそう言ったはずです」
相変らず低い、はっきりした口調で、「アリョーシャ」はつづけました。
だが彼はもはや、さながら自分の意志ではなく、何かさからうことのできぬ命令に従うかのように、われを忘れて話していました。
「兄さんは自分を責めて、犯人は自分以外のだれでもないと心の中で認めてきたんです。でも、殺したのは兄さんじゃない。兄さんは思い違いをしています。犯人はあなたじゃない、いいですね、あなたじゃありません! 僕は兄さんにこのことを言うために、神さまに遣わされてきたんです」
これは、精神の問題になってきましたね、何か自由に行き来する精神です。
どちらも沈黙しました。
この沈黙はまる一分もの長い間つづきました。
二人とも立ちどまり、終始相手の目を見つめていました。
どちらも蒼白でした。
突然「イワン」が全身をふるわせ、「アリョーシャ」の肩をぎゅっとつかみました。
「お前は俺のところに来ていたんだな!」
この発言も鳥肌が立つようです。
歯がみするようなささやき声で、彼は口走りました。
「夜中に、あいつが来ていたとき、お前もいたんだな・・・・白状しろ・・・・あいつを見たんだろ、見たな?」
「だれのことを言ってるんです・・・・ミーチャのことですか?」
けげんな表情で「アリョーシャ」がたずねました。
「そうじゃない、あんな無頼漢なんぞくそくらえだ!」
「イワン」は狂ったようにわめきたてました。
「あいつが俺のところへよく来るのを、お前知っているんだな? どうして感づいた、言ってみろ!」
「あいつ(三字の上に傍点)って、だれですか? だれのことを言ってるのか、わかりませんよ」
「アリョーシャ」はもはや怯えてつぶやきました。
私は以前に読みましたから、「あいつ」の正体を知っていますが、初めて読んだ時は何のことが全くわかりませんでした。
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