「ああ! それじゃお前は、その後も一生の間、俺を苦しめる肚でいたのか!」
「イワン」は歯ぎしりをしました。
「じゃ、もしあのとき俺が出かけずに、お前を訴えてたら、どうだ!」
「あのときに何を訴えることができたでしょうね? あなたにチェルマーシニャ行きを口説いたことをですか? そんなのは、ばかげた話ですよ。おまけに、あの話のあと、あなたはお出かけになってもよかったし、残っていることもできたはずです。もしあなたが残れば、そのときは何事も起らなかったでしょうよ。わたしだって、あなたが事件を望んでおられないと知れば、何一つ企てなかったでしょうからね。しかし、お出かけになった以上、つまり、わたしを法廷に訴えでるような真似はしないし、三千ルーブルも大目に見てやると、約束してくださったも同然です。それに、あなただってあとになってから、わたしを追求できるはずはないんです。だって、そうなればわたしは法廷で洗いざらい、しゃべるでしょうからね。つまり、わたしが盗んだり、殺したりしたということをじゃなく-そんなことは言うはずがありませんよ、盗みや殺しをあなた自身がわたしにそそのかして、わたしは同意したにすぎないってことをです。だからこそ、わたしにはあなたの同意が必要だったんです。あなたが決してわたしを窮地におとしいれたりできぬようにね。だって、あなたは何の証拠も持っていないけれど、わたしのほうは、あなたがお父さまの死をどんなに渇望してらしたかをばらして、いつでもあなたを窮地に追いこむことができるんですから。ほんの一言で、世間の人はみんなそれを信じて、あなたは一生、恥をさらさなけりゃならないでしょうよ」
「スメルジャコフ」と「イワン」は全然噛み合っていないと言えるでしょう、それでも「スメルジャコフ」は「イワン」の無意識を自分勝手に解釈して、それを絶対に正しいと思い込んでいます、そういう意味で彼は正常ではありません。
「それじゃ、俺がそんなことを望んでいたというのか、望んでいたと?」
「イワン」はまたしても歯ぎしりしました。
「疑う余地なく望んでらしたし、あのときの同意でわたしに例の仕事を許可なさったじゃありませんか」
「スメルジャコフ」が「イワン」が父親の殺害を望んでいたと思い込んでいること、それ自体が基本的な勘違いです、もしそう思うなら、なぜ「イワン」が父親を殺したいのかという理由の説明が必要になるんですが、これが「スメルジャコフ」によれば、遺産の金額のことしかないのです、「イワン」がお金に困っているならともかく、そんなことはありませんし、そんなことで危険を犯すことなどありえないと思いますが。
「スメルジャコフ」はびくともせずに「イワン」を見つめました。
彼はひどく衰弱して、疲れきった低い声で話してはいましたが、心の奥に秘めた何かが彼をあおりたてていました。
明らかに、何らかの意図があるようでした。
「イワン」はそれを予感しました。
「先をつづけろ」
「イワン」は言いました。
「あの夜の話をつづけるんだ」
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