2019年2月2日土曜日

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「イッポリート」の論告の続きです。

「・・・・この性格描写をきけば、彼女がもっぱらたわむれのために、意地わるいたわむれのために、二人の男をどちらもからかうような真似のできたことが、理解できるのです。そして、絶望的な恋と、道義的頽廃と、いいなずけへの裏切りと、名誉にかけて託された他人の金の使いこみという、このひと月の間に、被告はそのうえ、絶え間ない嫉妬のために、ほとんど狂乱状態に、狂気に達したのです。しかもその嫉妬の相手たるや、自分の父親だったのです! 何より肝心な点は、無分別な老人が被告の情熱の対象を、ほかならぬ例の三千ルーブルでおびきよせ、釣ろうとしていたことでありますが、その三千ルーブルこそ、息子が母から相続すべき遺産と考え、父親を非難していた金にほかならなかったのです。そう、これは堪えがたいことです、わたしも同意します! これでは偏執狂も起りかねません。問題は金ではなく、その金によってあれほど唾棄すべき冷笑的態度(シニスム)で被告の幸福が破壊されようとした点にあるのです!」

「ドミートリイ」が偏執狂だと診断された理由は①絶望的な恋、②道義的頽廃、③いいなずけへの裏切り、④いいなずけのお金の使いこみ、⑤父親への嫉妬とのことです。

ついで「イッポリート」は、被告の心にしだいに父親殺しの考えが芽生えていった話に移り、時事を追ってそれを説明しました。

「最初のうち彼はあちこちの飲屋でわめきちらすだけでした。まるひと月もわめきたてていたのです。そう、彼は好んで人中に出て、きわめて悪魔的な物騒な考えさえすべて吹聴し、自分の肚の内を打ち明けるのが好きで、なぜかわかりませんが、その場ですぐ、人々が心からの共感で答え、彼のあらゆる悩みや心配に同情して相槌を打ち、彼の気質を妨げぬことを要求するのです。そうしないと彼は腹を立て、飲屋をめちゃくちゃにたたきこわすほどの乱暴を働くのであります。(このあとスネギリョフ二等大尉の話がつづいた)。このひと月のうちに被告に会ったり、その話をきいたりした人たちはみな、しまいには、この様子ではもはや父親に対する脅しや怒声だけではすまず、こんな狂乱状態では脅しが実行に移されかねないと、感じたのでした。(ここで検事は、修道院での家族の会合や、アリョーシャとの会話、昼食後に被告があばれこんできた、父の家での乱暴沙汰の見苦しい一幕などを描いてみせた)。この一幕以前に、被告がすでに、父親とのいざこざを殺害によって片づけることを前もって十分に考えぬいていたと、たって主張するつもりはわたしもありません」

「あちこちの飲屋」と言うのですからこの町の飲屋は「都」だけではないのですね、それから彼が「スネギリョフ」に乱暴した理由が今までわからなかったのですが、ここで言われているように彼の意見に同意しなかったからなのでしょうか。

「イッポリート」はつづけました。

「にもかかわらず、この考えはすでに何度か被告の心にうかび、彼は周到にそれを検討していたのです。これを裏付けるいくつかの事実や、証人、そして被告の自白もございます。陪審員のみなさん、正直のところ」

「イッポリート」はさらに付け加えました。

「わたしは本日まで、被告の問われている罪の、完全に意識的な計画性を認めることをためらってさえいたのであります。被告の心があらかじめあの宿命的な瞬間をいくたびとなく検討してはいたものの、それはただ検討し、一つの可能性として想像しただけのことで、まだ決行の時期も手筈も決定していなかったと、わたしは確信していたのです。しかし、わたしがためらっていたのは、本日、カテリーナ・ヴェルホフツェワ嬢があの宿命的な文書を法廷に提出される瞬間までにすぎません。あなた方ご自身、『これは計画書です、殺人のプログラムです!』という彼女の絶叫をおききになった。彼女は不幸な被告のあの不運な《酔余の》手紙を、実にこう定義したのであります。そして事実、この手紙の背後には殺人のプログラムと計画性のあらゆる意味がひそんでいるのです。この手紙は犯行の二昼夜前に書かれました。こうして今やわれわれには、恐ろしい企みを実行する二昼夜前に被告が、もし明日金が手に入らない場合には、《イワンが出発しさえしたら、赤いリボンをかけた封筒》の金を枕の下から奪うために父親を殺してやると、誓いまでたてて明言していることが、はっきりとわかったのです。いいですか、《イワンが出発しさえしたら》と言っているからには、この時すでにすべてが十分考えぬかれ、手筈もきまっていたわけであります。しかも、どうですか、何もかもその後、この手紙に書かれてあるとおりに運んだではありませんか! 計画性と十分な検討は、疑う余地もなく、犯行は強盗を目的として行われたにちがいないのです。・・・・」

「イッポリート」の論告をここで切ります。


やはり、「カテリーナ」が提出した「手紙」が犯行の計画性の重要な証拠となってしまいました、それは彼女もそうする意図で提出したものだと思いますが、彼女の最初の供述では「ドミートリイ」を擁護する内容でした、彼女もそうするつもりで法廷に来たのだろうと思います、ところが、「グルーシェニカ」への嫉妬心から急に心変わりして、「ドミートリイ」を陥れたわけです、これは人間の嫉妬心がどれほどの大きなものかということではないでしょうか、しかし、また、「カテリーナ」がその「手紙」を処分せず、しかも法廷にまでもってきたということは、一旦「ドミートリイ」を擁護したのではありますが、まだそれほど自分の考えがはっきりと決まっていたわけではなく、その場の自分の気持ち次第で「ドミートリイ」の運命を決めようと思っていたのかもしれません、(943)で「カテリーナ」は「アリョーシャ」に「それにあたくしもまだ自分がわからないんです。もしかすると、明日の尋問のあとで、あなたはあたくしを踏みにじりたくなるかもしれませんわ」と言っています、また(944)で「イワン」は「アリョーシャ」に「彼女は今日は夜どおし聖母マリヤにお祈りすることだろうよ。明日の法廷でどう振舞えばいいか、教えてもらうためにな」そして「あの人殺しに判決が下るまで、待たなけりゃならないんだ。もし今俺が手を切れば、彼女は俺への腹癒せに明日の法廷であの無頼漢を破滅させることだろう、なぜって彼女はあいつを憎んでいるし、自分が憎んでいることを承知しているからな。すべて嘘ばかりさ、嘘の積み重ねだよ! ところが今、俺がまだ手を切らずにいるうちは、彼女もいまだに望みを持っているし、俺があの無頼漢を災難から救いだしたいと思っているのを知っているから、あいつを破滅させるような真似はしないだろう。しかし、いまいましい判決が下った、そのとたんに終りさ!」と言っています。


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