2019年2月9日土曜日

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「イッポリート」の論告の続きです。

「・・・・ところで、先ほど当法廷に三千ルーブルの金が提出されました。『証拠物件ののったテーブルにある、その封筒に入っていた金で、ゆうべスメルジャコフから預かった』という三千ルーブルです。しかし、陪審員のみなさん、みなさんも先ほどの悲しい光景はご記憶のことでしょう。わたしはその詳細を蒸し返すつもりはありませんが、それでも、きわめて些細な事実から選んで二、三の検討を加えたいと思います。なぜなら、それらは取るに足らぬ事実であるだけに、だれもが思いうかべるとは限らず、忘れ去られてしまうからであります。まず第一に、くどいようですが、スメルジャコフは良心の呵責から、ゆうべ金を返して、首をくくりました(良心の呵責がなかったら、金を返したりしなかったはずです)。そして、イワン・カラマーゾフ氏自身が供述しているように、やっと昨夜になってはじめてイワン・カラマーゾフ氏に自分の犯行を打ち明けたのであります。さもなければ、同氏が今まで黙っているはずがないではありませんか? というわけで彼は自白をした。しかし、再度くりかえしますが、それならなぜ、明日が無実の被告にとって恐ろしい公判であることを知りながら、遺書の中ですべての真実を告白しなかったのでしょうか? 金だけでは証拠になりません。たとえばわたしも、さらに当法廷におられるあと二人の人物も、もう一週間も前に、まったくの偶然から、イワン・カラマーゾフ氏がそれぞれ額面五千ルーブルの五分利付債権を二枚、しめて一万ルーブル分の債権を県庁所在地の町へ、現金に換えるために送ったという事実を知っております。わたしがこんなことを申しあげるのも、金なんてものが一定の期限までにはだれにでも作りうるものであり、三千ルーブルを提出したからといって、それが問題の金で、問題の引出しなり封筒なりにあった金にちがいないという証拠にはならぬからであります。最後に、イワン・カラマーゾフ氏は昨夜これほど重大な情報を真犯人から得たのに、落ちつきはらっていたのです。なぜ、すぐにそれを届けないのでしょうか? なぜ朝まで延ばしていたのでしょう? わたしはその理由を推測する資格があると考えます。すでに一週間ほど前から健康を害して、幻覚を見たり、もう死んだはずの人に出会ったりすることを、医師や親しい人々にみずから打ち明け、本日あのように見舞われた譫妄症の一歩手前まできていた同氏は、突然スメルジャコフの死を知って、にわかに次のような判断を下したにちがいありません。『相手は死んじまったんだから、あいつのせいにしてもかまうまい。兄を救おう。金は俺の手もとにあるから、札束を持って行って、スメルジャコフから死の直前に預かったと言うんだ』そんなやり方は汚いと、あなた方はおっしゃるかもしれない。たとえ相手が死人であれ、また兄を救うためにせよ、嘘をつくのは汚い、と。しかし、もし彼が無意識に嘘をついたとしたら、どうでしょう。召使の急死の報で決定的に理性にショックを受け、実際にそうだったと本人が思っていたとしたら、どうでしょうか? みなさんは先ほどの光景をごらんになった。あの青年がどんな状態にあったか、ごらんになったはずです。彼はちゃんと立って、話はしていましたが、はたして正気だったでしょうか? あの譫妄症患者の先ほどの証言につづいて、被告がカテリーナ・ヴェルホフツェワ嬢にあてて犯行の二日前に書いた、あらかじめ犯行の詳細な計画の記してある手紙が、あの証拠文書が提出されました。となれば、どうしていまさら犯行計画やその作成者を探すことがあるでしょうか? その計画どおり正確に遂行されたのであり、それを実行したのは計画の作成者以外にはないのです。そう、陪審員のみなさん、《書かれてあるとおりに実行された》のであります! だから決して被告は父親の窓の下から、おじけづいて、うやうやしく、しかも恋人が現在そこにいることを固く信じながら、逃げ帰ったわけではありません。そう、それはいかにもばかげており、見えすいています。彼は部屋に入って行き、仕事を片づけたのです。おそらく彼は憎むべきライバルの姿を見たとたん、かっとなり、憎悪に燃えて殺したのでしょう。しかし、たぶん銅の杵を握った手の一振りで、一撃のもとにやってのけたのでしょうが、殺害したあと、今度は念入りな探索の末に彼女が来ていないと確信したものの、それでも枕の下に手を突っこんで、金の入った封筒を取りだすことを忘れなかったのです。引き裂かれたその封筒は現在、証拠物件ののっているそのテーブルの上にあります。・・・・」

ここで切ります。

「イワン」が法廷に提出した「スメルジャコフ」が着服していたという三千ルーブルについて、「イッポリート」の反証は、①提出した「イワン」が譫妄症であること、②昨夜「スメルジャコフ」が自白したのにすぐに届けなかったこと、です、私も「イワン」がすぐにその事実を届けていれば「ドミートリイ」を救えたのではないかと思います、ここで「イッポリート」は妙なことを言っています、「イワン」がすぐにその重大な情報を伝えなかったのは、彼が病気であったからであり、彼が嘘をついたのは、譫妄症でありながら「スメルジャコフ」の死に決定的に理性にショックを受け、無意識に嘘をついたのではないかと言うのです、これは相当の無理がある解釈だと思いますが、もしかして「イッポリート」は偽証した「イワン」の罪を救おうと考えていたのかもしれません、しかし、「イッポリート」はそのあとに続く「ドミートリイ」の殺害の場面を「おそらく彼は憎むべきライバルの姿を見たとたん、かっとなり、憎悪に燃えて殺したのでしょう」と言っていますが、「犯行計画書」の「手紙」の存在を重視する立場からは矛盾すると思いますが。

要するに「ドミートリイ犯行説」の根拠はいろいろありますが、私は次の三つが重大な理由と思います、それは①「ドミートリイ」の行状、②「手紙」、③「イワン」の届けの遅れ、です。

私は、③「イワン」の届けの遅れについて、たいへん残忍に思います、その時のことは(977)に書かれています、「イワン」は「わが家に帰りつくと、彼は突然、唐突な疑問をいだいて立ちどまりました。」そして『今すぐ、これから検事のところへ行って、すべてを申し立てる必要はないだろうか?』と思ったのです、病気であってもこれを実行できなかったのでしょうか、すぐに彼はこの疑問を解決しました、つまり『明日、全部ひとまとめにしよう!』ということです、この判断が間違いなのです。


確認のために記しますが、(968)で「スメルジャコフ」ははっきりと「あなたといっしょにやっただけです。あなたといっしょに殺したんですよ。ドミートリイさまは本当に無実なんです」と言っています、また(969)で「もちろん、仮病ですとも。何もかも芝居ですよ。階段をいちばん下までおりて、静かに横になったんです。そして横になるなり、大声でわめきだしたんですよ。担ぎだされる間、もがきまわっていました」とも言っています、そして、三千ルーブルについて(976)で「イワン」が「明日、法廷でこれを見せてやるさ」と言ったときに、「スメルジャコフ」は「だれも信じやしませんよ。幸い、今ではあなたにはご自分のお金がたくさんおありだから、手文庫から出して、持ってきたとしか思わないでしょうね」とも言っていますが、だいたいそのとおりになっていますね。


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