「アリョーシャ」は部屋に入りました。
襞飾りのある白布で覆われた青い柩の中に、小さな両手を組み合せ、目を閉じて、「イリューシャ」が横たわっていました。
痩せ衰えた顔の目鼻だちはほとんどまったく変っていませんでしたし、ふしぎなことに遺体からほとんど臭気も漂っていませんでした。
顔の表情はまじめで、物思いに沈んでいるかのようでした。
十字に組んだ、大理石で刻んだような両手が、とりわけ美しいのでした。
その両手に花が握らされていましたし、それに柩全体が外側も内側も、今朝早く「リーザ・ホフラコワ」から届いた花ですでに飾られていました。
しかし、そこへさらに「カテリーナ」からも花が届けられたので、「アリョーシャ」がドアを開けたとき、二等大尉はふるえる両手で花束をかかえ、いとしい子供の上に新たに花をふりかけているところでした。
彼は入ってきた「アリョーシャ」をほんのちらと見ただけでした。
それに、だれのことも見ようとせず、泣いている気のふれた妻さえ、あの大事な《かあちゃん》の顔さえ、見ようとしませんでした。
一方彼女は痛む足を必死にふんばって身を起し、死んだわが子をもっと近くで見ようと努めていました。
「ニーノチカ」は、少年たちが椅子ごと担ぎあげて、柩の近くにぴったり寄せてやりました。
彼女は柩に頭を突っ伏して坐り、どうやら、やはりひっそり泣いているようでした。
「スネギリョフ」の顔は生気を取り戻したような表情をしていましたが、それでいてなにか呆然としたような、同時にまたひどく怒ったような感じでもありました。
動作にも、口をついて出る言葉にも、何か乱心したようなものがありました。
「坊主、かわいい坊主!」
「イリューシャ」を見つめながら、のべつ彼は叫んでいました。
ただ「イリューシャ」が元気だった時分から、さもいとしそうに「坊主、かわいい坊主!」と言う癖があったのです。
「お父さん、わたしにも花をおくれよ、その子の手にあるのをちょうだい、ほら、その白い花よ、ちょうだい!」
これは(887)で「コーリャ」が病床の「イリューシャ」にあげた「車輪のついたブロンズの大砲」を《かあちゃん》がほしがったことと同じですね。
気のふれた《かあちゃん》がしゃくりあげながら、頼みました。
「イリューシャ」の手に握られている小さな白いバラがひどく気に入ったのか、それともわが子の手にしている花を思い出にほしくなったのか、とにかく彼女は両手を花の方にさしのべて、身もだえはじめました。
「だれにもやらんぞ、何一つやるもんか!」
「スネギリョフ」が薄情に叫びました。
「あの子の花なんだ、お前のものじゃない。みんな、あの子のものだよ。お前のなんか何一つあるもんか!」
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